「苦味を少々」

「苦味を少々」(田辺聖子/集英社文庫)

→有名作家の田辺聖子さんのアフォリズム(名言集)。
アフォリズムほど読むのも感想を書くのも楽なものはない。
しょせん短文ばかりだから超高速スピードで読める(当方は飲酒しながら味読)。
読書感想文もかんたんでちょっと気になった自分と同意見のものを採取して、
これは有名で偉い作家先生が言っておられるのだから、みなのものひれ伏せ。
そういう態度で書こうと思ったら、どこまでも適当に楽ちんに書ける。
山本周五郎賞、小林秀雄賞、朝日(新聞)賞と受賞歴華やかな
山田太一先生が解説を書いておられる有名女流作家のアフォリズムを
鼻で笑いながら、ではなく、正座をしながら身を正して拝読いたしました。
通常は自分の感覚と似たような文言を取り上げて、
自分も「正しい」あるいは「偉い」というメッセージを書き連ねるのだと思う。
あはは、ひねくれもんだから、そういうのに嫌気が差した。
本当にブルブルッときた言葉を抜粋してみよう。

「本音というのは、だまっているから本音なんですよ。
しゃべるとタテマエになってしまうわよ」(P48)


わたしなぞが絶対に言えないし書けない名言であると思う。
よくブログ記事で「ここだけの話」とか「本音を言うと」といった枕詞を使う。
あはっ、田辺聖子さんご指摘の通り、そういうのはぜんぶ嘘だから。
人様に言えるというだけで、書けるというだけで、それは本音ではなくタテマエなんだなあ。
みなさんそうでしょうけれど、わたしにも一生だれにも言えない秘密がわんさかある。
「これは秘密にしてね」なんて人にしゃべれるものは、しょせんタテマエなのである。
本当のことなんて死ぬまで人に言えるもんか、なにかに書けるものか。
おそらく田辺聖子さんもそうであったに違いない(まだご存命でした)。
ならば、でしたら、そうならば、これもまたタテマエなのでしょうか?

「人は自分が愛したもののことは忘れても、
自分を愛した人のことは忘れないものである」(P102)


ぞっとするほどの真実だと思うなあ。
人は偽善的に愛されるよりも愛するほうが大事とか言うじゃないですか。
それは絶対に嘘だと思う。
愛した経験なんかよりもはるかに愛されたという事実のほうが人間には重いと思う。
人を愛するよりも、人から愛されることのほうがどれほど心に響くか。
こんな単純な真実でさえわたしはなかなか言えないような洗脳を受けてきた。
最後にいつもわたしが言っていることを田辺聖子さんに後押ししていただく。
ぶっちゃけ、幸福ってつまらないよね。
なんにもないだらだらした幸福な人生よりも、たとえ短命でもおもしろい人生のほうがいい。
しつこいけれど、幸福な人生よりもおもしろい人生のほうがいいのではないか。

「幸福と面白いこととはちがいます。
幸福いうのは、面白いことが無くても成り立つ。
あんたといると面白うて、楽しい。それが一番とちがいますか。
幸福な人生を送った男はたくさんいますよ。
しかし、面白い目を見た! とひとり笑いして棺桶に入った奴は、
めったに居(お)らへんのやから」(P10)


思えば人生、幸福とはあまり縁がなかったけれども、それなりにおもしろかったなあ。
むかしのプロポーズの定番は「貴女を幸福にします」だったような気がする(間違いかも)。
わたしはずっと不幸(ってなに?)なので他人を幸福にできる自信なんかさっぱりないけれど、
おもしろい人生を送っているという自信はなくもないので、
「貴女のつまらない人生をおもしろくしてみます」くらいなら言えるのかもしれないなあ。
田辺聖子さんも言っていますが、
幸福な人生はなによりだけれど、おもしろい人生はもっともっといいものかもしれない。
身震いするようなおもしろい人生ってもんがあるんだ。わたしはそれを知っている。
おそらく著者もよくよくそのことをご存じなのでしょう。

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