「五木寛之 ことばの贈り物」

「五木寛之 ことばの贈り物」(清野徹編/角川文庫)

→いまや国民的作家の五木寛之の名言集。
べつに五木寛之でなくても書けそうな言葉だとは思うが、それを言っちゃおしめえだ。
わたしが本好きになったきっかけのひとつは高校生時代に
五木寛之の「青春の門」を楽しくて仕方がなくむさぼり読んだことである。
ひとつの原点だと思う。もうあんな熱狂的読書はできないのがさみしい。
「青春の門」の舞台は早稲田大学で、
一浪しても東大に落ちてかの高田馬場にある大学に拾ってもらったとき、
「青春の門」のようなことがあるのかと期待したが、
そういう小説のような泥臭いことはからきしなかった。
ひとり原一男先生という泥臭いおかしな魅力のある人がいて、
この恩師によって変な方向に人生の道を誤ってしまったところがある。
当時はウブだったので人間は明確に身分差があるのだということを知らなかった。
当時、わたしは原先生を偉人だとたいそう尊敬していたが、
社会全体の格のようなものを見たらサブカル寸前の人だったのだと思う。
原一男先生よりもはるかに名が売れている「偉い」五木寛之先生のお言葉から。

「もっと人生をいいかげんに考えてもいいのです。
予定どおりいく人生なんてありません。
なにか大きな手に自分をあずけるような気持ちで、
やりたいことをおやりなさい」(P233)


そういえば原一男先生もおっしゃっていたな。
就職なんてしなくても、フリーターでもしながらやりたいことをやればいいじゃないか。
そういう世間を知らない過激な言葉にひかれて
早稲田新卒カードを捨ててしまったところがないこともない。
超氷河期でどこにも内定をもらえなかったこともあるけれど。
それにしても人生でやりたいことばかりやってきたなあ。
もうふつうの人の一生ぶん以上遊んだような気が(よくわかりませんが)する。
で、結局いまのバイト先に居つくようなかたちになってしまったわけだ。
たまに来る本業は正社員のダブルワークのインド人のロイさんから言われたなあ。
「若いときそれだけ遊んだんなら、それでいいじゃないですか」
あきらかにカースト制度そのままにこちらの身分をあわれんでいた。
しかし、わたしはけっこういまの倉庫バイトを楽しんでいなくもない。
こんな大勢の国籍性別年代多様な人たちと一緒に働いたことがなかった。
職場では勤務時間内(休憩時間含)だけどんなにかりそめに群れていようが、
わたしだけではなく、みんながみんなひとりぼっちなのである。

「人はみな、最後はひとりぼっちの人生を送らねばならない。
そして、そのことを深く自覚したほど、人間同士の深いつながり、
心の通い合う一瞬の楽しさ、ほんのちょっとした共鳴のうれしさに気づくだろう」(P191)


そうなんだよね、五木寛之さん!
われわれは「心の通い合う一瞬の楽しさ」や「ほんのちょっとした共鳴のうれしさ」に
どれほど救われる存在か。
日本語なんか通じなくても、笑顔と笑顔で一瞬交流を持ったときの喜びといったら。
こんなことを書くとどれほど孤独でひとりぼっちのさみしい人間だと
思われるのかもしれないけれど、おそらく実際にそうなのだろうからなあ。
「人間同士の深いつながり」は奇跡のようなもので、
長い人生でひとりかふたり、そういう他者にめぐりあえただけでも幸運なのだろう。
「人間同士の深いつながり」は難関すぎるが、
「心の通い合う一瞬の楽しさ」や「ほんのちょっとした共鳴のうれしさ」だったら、
これならば、これならば――それぞれの身分のようなものはどうしようもないけれど。

「たとえ、理想の未来社会が私たちのものとなった所で、
人間の孤独といったものはやはり存在する」(P170)


しかし、けれども、にもかかわらず。
微笑みを交わすくらいならできるのではないか。

「人間同士の本当の会話ってものは、言葉を必要としないものだ」(P186)

ただ一緒にいるだけで横の人の言葉にならない気持がびんびん伝わってくることがある。
ならば、それもまた会話ではないか。
もしかしたらそのほうがおしゃべりよりもよほど深い会話をしているのではないか。
こんな青臭いことを考えている時点で、まだまだ「青春の門」を抜けきっていないのだろう。
ほんとガキで困っちゃう。
バイト先の高校生にちょっとだけ話し相手になってもらうと、あっちのほうが大人だもん。
いま工業高校在学中で卒業後の楽器製作会社への就職が内定したらしい。
「青春の門」を先にくぐり抜けられてしまったような気がする。

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