採算度外視

友人にゲームシナリオの仕事をしている人がいる。
最近、忙しいらしくなかなか逢ってもくれず、逢っても時計ばかり気にしているのでさみしい。
ゲームシナリオが儲かるかって聞いたら、まったくぜんぜん儲からないのね。
彼女は本業はべつにあるし、そこでそれなりに稼いでいる。
にもかかわらず、金銭的に考えたらまったく割に合わない
ゲームシナリオの仕事を嬉々としてしている。
ぼくだったら時給換算で300円も行かないかもしれない業界仕事よりも
1300~1500円の仕事を選ぶよなあ。
彼女はその仕事が好きだからいくら友人と逢う時間がなくなっても
収入が大幅に低下しても睡眠時間減少でお肌がやつれても(やつれていませんが)
自分が好きな仕事(なの? 趣味なの?)をしたいのだと思う。
友人の気持をわかるともわからないとも思う。

ぼくがいまのバイト先で850円で働いているのは、
書籍ピッキングがどこか好きだから。
そのうえ、いろいろな人と一瞬だけでも交流を持てるのがひとり旅みたいでいい。
明日だれがいなくなってしまうかもわからないのである。
わたしだって下手をするといつか急に辞めかねない。
そうなったらいままで知り合った人とはすべて終わりである。
いままでわずかながら築きあげた関係がすべて終わりまったくの他人になってしまう。
なにもなかったことになってしまう。なんの縁もなかったことになってしまう。
しかし、旅をするとはそういうことだ。おそらく、生きるということも。
いつまでかわからないが採算度外視で働いてみようと思う。最低でも今年いっぱいは。
クリスマスにくっだらねえ本を箱にぶち込みながらぼくはどんなことを考えるのだろう。
しかし、その瞬間だけはひとりではない。
みんなと一緒にくだらねえ大して売れもしねえ、
情熱も誇りもないような最低の本をなにかしらの感情とともに箱に投げ込んでいる。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3887-5d855f2b