「秘密と友情」

「秘密と友情」(春日武彦・穂村弘/新潮文庫)

→患者の悪口を書く精神科医の春日武彦とイケメン歌人の穂村弘の対談本。
両者の共通点は世間知らずで、世の中とずれていて、生きづらいところ(すべて自称)。
穂村は、かなり変人なのに自己流で世間とうまくやっている春日にひかれているらしい。
わたしは春日武彦のファンで穂村弘という人は聞いたことがなかったが、
この人も相当に世の中を舐めた発言をするので、
いつか市井を生きるカタギの人に「おまえ舐めるなよ」とぶん殴られないか楽しみ、
いや、とても心配している。
両者ともに世界をいわゆる一般人とは違う角度から見ざるをえない
業(ごう)のようなものを生まれつき持っているようだ。
おそらくこのためにひとりは精神科医になり、もうひとりは歌人になったのだろう。
60近い(過ぎた?)のに銀行ATMをいままで一度も使ったことのない春日は、
かなり「本当のこと」を言い放つ。しつこいようだが、
彼は医者のなかでは色物あつかいされている精神科ではあるけれども、
いちおう国家資格を持つ医師である。

「確かにレジのおばさんを見てて、
俺にはあんな難しいことできないと思うのに、
実際には俺の時給のほうが遥かに高いのはなぜかって、
いつも不思議なんだよね」(P223)


春日先生は学生時代をふくめて人生でアルバイトを一度もしたことがない。
医者という商売一筋だから、それ以外の世界はまったくわからない。
ふつうは通念からわかったふりをするのだが、
わからないことをわからないと思った本音をそのまま白状する春日医師は正直者である。
一般的に医者は医学、つまり科学に依拠している存在だと思われているが、
さて変わり者の春日武彦先生はどうかと言うと――。

「俺、ビデオデッキに「裏切り者!」って言って捨てたこともあるよ。
「ちゃんと録(と)といてやるぜ」って胸を張ったくせにって。
俺は基本的にモノにも心があると思っているから」(P19)


わたしは精神科医の商売敵で、おなじくモノにも心があると思っている人を知っている。
その方はモノにも心があるがゆえにたいせつにするというタイプのようだが。
基本的にわたし自身もモノには心があるとどこかで思っている非科学的な人間だ。
モノに心があるとしたらモノと話せばいいのだから、ひとりぼっちも辛くなくなるだろう。

果たして患者が自殺しても「あんまり取り乱さない」春日は精神科医として優秀なのか?
春日武彦は担当患者が自殺しても「いやに淡々としてい」るという。
以下の精神科医ならではのエピソードはとてもおもしろかった。

「秘密って、実は隠していてもバレるというか、
伝わっちゃうんじゃないかと思う部分もあるのよ。
パーソナリティ障害を治療していた時、机に置いた処方箋を見て、
その患者が一言もしゃべらなくなったことがあってね。
処方箋の位置がいつもとちょっとズレてただけなんだけど、
彼女は「このドクターはあたしの話なんか聞く気はないんだ」と直感した、と。
「君の思い過ごしだよ」みたいなことを言ってなだめたけど、
心の中で実は「ウゼエ女だな」と思ってたわけ(笑)。
見破られたはずはないけど、
でもどこかで伝わってんじゃないかという気はして怖かった。
それとは別の患者だけど、結構美人で、正直言って俺好みの女性がいたのね。
これで髪がショートなら完璧に俺の好みだなと思っていたら、
ある日、俺の好み通りに髪切って来た(笑)。
やべえと思ってすぐに担当を替わってもらったけどね」(P79)


これはよくわかるなあ。
いま書籍物流倉庫でバイトをしているのだが、ライン(流れ作業)というものがある。
ラインでは一列になって流れてくる箱に本を入れている。
無心にそういう単純作業をしていると深層心理学のいう無意識状態におちいる。
そうするとラインの両隣のみならず、もうひとつ隣くらいまで考えていることがわかる。
少なくとも向こうがこちらを好きか嫌いかくらいは手に取るようにわかる。
隣が日本語の通じない外国人だと目と目を合わせただけで、
あるところまでは会話ができてしまうのだから人間の能力というものは不思議だ。
能力の上下は多少はあろうが、
一緒にいるだけで相手の気持はある程度わかってしまうものだと思う。
まあ、お偉い精神科医のご意見と底辺労働者の実感は違うのかもしれないけれど。
学生時代は親の言いなりにお勉強ばかりして親の期待通り医者になった、
精神病患者を矯正して社会に向けて投げ返す善なる職に就く春日は言う。

「俺は働かないで正気を保っていられる人って、
根源的に理解できないし、怖いよ」(P138)


反対にわたしは働かないでいる楽しさを理解できない春日医師のほうがぶるぶる怖い。
ええ、みんな本心では働きたくなんかないっしょ?
人と人はどこまでもわかりあえないんだろうなあ。
わたしの職場のパート仲間に「できるのなら働きたくないですよね」
と質問したら9割以上イエスの反応が返ってくると思う。
心の専門医らしい精神科医先生もあんがい人間をわかっていないのかなあ。
気づいたらファンだから春日武彦氏の言葉しか採録していなかった。
これでは不平等だから、よく知らないイケメン歌人の穂村弘氏の名言も――。

「結局、友情にはギブアンドテイク性に加えて、旬ってものがあるんじゃないかな。
恋愛同様、友情にも旬があるような気がする。
あのときはこの人がとても必要だったけど、今となっては迷惑とかね」(P26)


きっと「真実」なんだろうけど、世渡りのうまい成功者はさみしいことを言うよなあ。
彼は広い交友関係を持つからこういう身もふたもない「真実」を言えるのだと思う。

COMMENT

URL @
11/20 16:54
. ヨンダさんの面白いところは
「いろんな人がいるんだなあ」と許せないところですね。
Yonda? URL @
11/21 00:40
犬. 

嫌いなやつは嫌いだからねえ。








 

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