「河合隼雄を読む」

「河合隼雄を読む」(講談社)

心理療法家の河合隼雄のだいいちの才能はシンパをつくることだったのではないか。
言い方を換えれば、敵をつくらない。
どんな人とも表面上は仲良くできる。
どんな人にもいい面があり、そこを好きになることができる才能を河合隼雄は有していた。
本書は河合隼雄存命時に出版された氏のヨイショ本である。
各界の著名人が河合隼雄がいかに偉いかの寄稿をしている。
河合隼雄の主張にひとつに「絶対的真理はない(かもしれない)」
というものがある。もし「正しい」ものがないのなら、多数派が「正しい」ことになる。
ならば、シンパを多くつくることがいちばん学問的に「正しい」ことにならないか。
本書で著名人が河合隼雄の権威(偉さ)の証明をしているが、
また同時に彼(女)ら有名人の権威(偉さ)も河合隼雄に依存しているのである。
河合隼雄は本当のところ偉くない、と言ってしまったら権威の輪から外れてしまう。
あらゆる意味で河合隼雄は世界(正しくは世間かしら)
の構造を知ってしまった「怖い人」だったのだと思う。

本書のヨイショ記事はどれも建前で意味不明な自分語りのようなものが多い。
みんな河合隼雄ににらまれたら、
なにかが終わりかねないということを無意識に察知していたのだと思う。
本書のヨイショ記事はどれも退屈だった。
河合隼雄がどれほど「怖い人」かがわかったくらいである。
各人が引用している河合隼雄の言葉がやはりいちばん輝いている。
孫引き(再引用)させていただこう。
おそらく河合隼雄はシンパは多くいたが、
本当に心を許せる親友はひとりもいなかったのではないか。
なぜなら、人は秘密を共有することで親友になるけれど、
河合隼雄はだれにも話せないクライエントの秘密をいくつもかかえていたからである。

「他人の判断やイデオロギーに頼ることなく、
われわれが何が正しいかを判断しようとするとき、途方もない困難に出会う
しかしその困難に自らの存在を懸けてぶつかってゆくことこそが人生だと、
ケストナーは言いたいのだ」(P88)


本当はだれよりも河合隼雄自身が言いたかったことだろう。
他人の判断やイデオロギーに頼るな。
あなた自身で何が「正しい」か判断してみようとしてください。
そのとき途方もない困難にぶつかるだろう。
しかし、その困難に自らの存在を懸けてぶつかってゆくことが人生だ。
そう河合隼雄は声を大にして言いたかった。
だから、不登校の児童にも心理療法家の河合隼雄はなにもしなかった。

「このようなときに、一番大切なことは、それを尊重して『待つ』ことであろう。
ときが来れば必ず出てくるし、そのときの遅れなど必ず取り返せるのである。
ただ、その間に希望を失わずに待つことは難しいことである。
しかし、それが一番いい『処方箋』なのである」(P175)


あなたがいま学校に行きたくないのなら、
それはあなたにとって「正しい」のだろうと河合隼雄は
クライエントの「私」を尊重したのだろう。
なにが「正しい」のかわからないことを深くどこまでも信じていた。
社会的成功者の言葉を「正しい」ものとして
朝礼で説教するような上司と河合隼雄は正反対のところにいた。
いまのあなたが「正しい」のである。
いまあなたが学校へ行かないのは「正しい」。
行かなきゃならないとどこかで思っているのも「正しい」。
優等生がある日急に学校に行きたくなくなるのも「正しい」。
河合隼雄は人間というものをどのように見ていたのか。

「矛盾したままで、うまいこと良い加減に生きているというのが普通の人間です」(P184)

「われわれは非常に矛盾的存在ですから、
自立と依存を良い加減なところでミックスさせて、
良い加減で生きているわけです」(P184)


刑務所の看守のように威張って「さぼるなよ」と低時給パートを威圧して歩く
若いバイトリーダーがおしゃべりをしても仕事をさぼっても、まあいいのだろう。
書籍倉庫バイトで、新人が本の立ち読みをしていたらきつく注意する古株パートばばあが
自分は立ち読みを好き勝手にするのも、まあ、そんなものなのだろう。
「正しい」ことなどなにもなく、人間は矛盾した存在なのだとしたら、
あなたやわたしがすべきことは威張っている人と表面上はシンパのように接して
すいすいと河合隼雄のようにうまくやることなのかもしれない。
そういう生き方では親友はできないかもしれないが、ひとつの生き方として「正しい」。
ただし河合隼雄はたぶん人に助言や忠告をしたがるタイプの人間ではなかった。
河合は「私」がどこまでも(無意識の奥まで)「正しい」ことを知っていた。
わたしの「私」が「正しい」ということは、あなたの「私」もまた「正しい」ということである。


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