「あこがれ」

1966年に公開された32歳の山田太一が脚本を書いた映画である。
後期の活躍が華々しいため遅咲きの作家のような気がしていたが、
氏はじゃっかん32歳でもうこんなご立派なご活躍なされていたのか。
施設出身の男女が大人になってから再会し、それぞれの立場を乗り越え結ばれる話だ。
少女のほうはどうしようもなくクズの父親の面倒を見ながらシナそば屋で働く。
母から完全に捨てられた青年のほうはうまく瀬戸物問屋の養子におさまり将来有望だ。
青年にはシナそば屋の少女よりもはるかに格上の縁談が続々持ち込まれている。
ありがちと言われたらそれまでだが(恋愛ドラマなんてみんなこのパターンだが)、
好きになっちゃいけないふたりが恋に落ちたのである。
映画作品は要約するためのものではないが、
あえてするならばふたつの気持の葛藤がテーマだろう。
自分のために生きるのかいいのか。それとも他人(家族)のために生きるのがいいのか。

青年がおなじ施設にいたシナそば屋の少女と結婚したら、
大恩ある養父母を裏切ることになってしまう。
私設を出てから少女はずっとアル中ドカタの父親のために生きてきたのである。
今後も親のために生きるのが正しいのか、それとも自分のために生きるべきなのか。
瀬戸物屋の養父母としたら自分たちのためには息子に家柄のいい嫁をもらってほしい。
しかし、本当に息子のことを考えたらば息子の好きな子と結婚させてやるべきだ。
いかにもメロドラマらしいセリフを(正確ではないが)いくつか採取する。

「困っているときは相身互いよ」
「苦労してだんだん強くなったのね」
「たかがシナそば屋の女の子じゃない」
「好きになっちゃいけないのよ」
「周りの人の身になることを考えなさい」
「先生(←女)ね、自分のためにはもう十分生きた。これからは人のために生きたい。
そう考えて施設で12年子どもたちのお世話をしているの」
「自分の心配をしろよ」
「いい人だって好きだって、お父さんみたいのがいちゃどうしようもないじゃないの」
「あたし、お父さんからも離れてひとりぼっちね」
「立派に生きようとしているんだもん」
「会わないほうがあの子のため」
「幸せですか……よかった」
「遠くからあなたのことを思ってくれる人がいるって素晴らしいことじゃない?」
「かけがえのない人とこのまま別れてしまっていいの?
先生ね、あなたが立派に生きようとしてさみしい人になってしまうのが怖いの」


人のために生きるのが美徳という価値観がむかしはいまよりも強かったのかもしれない。
子は親のために生きる。親は子の幸せをまず考える。
自分のために生きて(駆け落ち!)みんなを不幸にした結果、
人のために生きたいと捨て子のための施設で働く女の先生はなにやら象徴的である。
その先生が最後にかつての教え子に「自分たちのため」に生きなさい、と語りかける。
なぜなら、自分のように立派に生きようとするとさみしい人になってしまうからである。
32歳のころから山田太一は「ひとりぼっちのさみしさ」に敏感だったことがよくわかる。

生活する――。家族や会社のために生きる――。
家族のためだけに生きて子どもを大学に行かせるだけでもきっととても偉いことなのだろう。
その子どもが親の期待に背いて就職をせずに変な夢を追い出したときの落胆はいかほどか。
しかし、本当の子どものためを考えたら、どちらがいいのかわからないけれど、それでも。
わたしは自分のためにばかり生きてきたような自分勝手なところがあるから、
映画のなかの人物たちそれぞれがみんな人の気持ばかり考えるのが新鮮だった。
とはいえ、人のために生きたら絶対にそれでいいのかどうかは結局のところわからない。
32歳の山田太一は2人の娘(当時)を抱えて家族のために生きていたのだろう。
80歳のいま複数のお孫さんに恵まれ、
山田太一さんは自分の人生これでよかったと思っているのだろうか。
わたしは自分のために生きてきた結果としてひとりぼっちのさみしい人間になってしまった。
しかし、多くの家族に恵まれ社会的にも成功した山田太一さんは、
もしかしたらわたしなどよりはるかにひとりぼっちのさみしい孤独な人なのかもしれない。
そんなことを自分が生まれる10年まえの映画を観て思った。

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