「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」

「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」(山田太一/新潮文庫) *再読

→PHP新書から復刊されたらしいので新潮文庫のものを再読してみた。
繊細ぶってやわな感想を書くと、傷ついたなあ。
というのも本はそれぞれの解釈しだいだが、多少被害妄想的に読解すると、
結婚や子育てをしないものは人として半人前ではないか、
と著者は主張しているように読めなくもないからである(そういう意図はないでしょうけれど)。
しかし、子育てどころか結婚さえできないのは人間のクズという意見はかなり「正しい」。
いま縁あって時給850円の最底辺職場にありがたくも雇ってもらっている。
するとさあ、男は見るからに独身ばかりなのだが
(聞かれたくないから聞かないが見かけの話)、
女のパートは結婚してそうな人もちらほらいるのである。
決して本人たちのまえでは言えないが、こっそり思うのは、ふーんである。
ふーん、こういう人たちでも一丁前に恋愛して結婚しているのかあ。
なかには子育てもした人さえいそうだから、しつこいが、こういう人たちでもねえ。
そういう不謹慎なことを一瞬だけ(ですよ、一瞬だけ一瞬!)
考えなかったことがないとは言えないことを白状してしまおう。
そういう女たちが偉く見えるかと言ったら、そこまで偉くは見えないのである。
だが、人気作家の山田太一は家族(配偶者、子供)のよろしさをことさら強調する。

「こういういい方をすると家族のいない人を傷つけてしまうかもしれませんが、
家族は、すごく人間を教えてくれる場所であるし、
なかでも子供を育てるということは、人間というものを理屈なく教えてくれるし、
自分についても実に沢山のことを教えてくれます。
それ以外の所では、会社へ行ってもありきたりの通り一遍のつき合いで、
近所の人も一応いい人だっていうように、いまはなりがちです。
すると、本当のところ――自分は何なんだ、他人は何なんだ
ということがよく分からなくなる。それを教えてくれるのが、
子育ての場所であり、夫婦関係ではないでしょうか?
得難い場所だと、ぼくは思います」(P146)


ものすご~く意地悪な見方をしたら、国民的人気作家の山田太一氏の人間観はこうなる。

既婚者>独身者

子あり夫婦>子なし夫婦


この人間観が間違っていると主張したいわけではなく、まったくそうだよなあと思う。
バイト先でもダブルワークで来ている妻子持ちの若いお兄ちゃんがいるけれど、
おそらくパートのなかで一二を争うくらい仕事ができて、かつ人柄もたいへんよろしい。
山田太一さんは「本当のこと」をたまに言うけれど、
独身者や子供がいない夫婦は人間としての成熟に欠けるというのは事実だろう。
東大卒の比較文学者の小谷野敦さんは、学歴で人を判断する姿勢を隠さない。
学歴人間観が100パーセント「正しい」わけでは断じてないけれど、
学歴などまったく当てにならないと言ったらそれもまた嘘になるわけでしょう?
みなが本音の部分でどこかで意識している学歴差別を小谷野さんは正直に書く。
すると、叩かれに叩かれるわけである。
ところが、山田太一さんが独身者や子なし夫婦は人間として成長できないという
「本当のこと」を書いても、あの温和そうなお顔の恩恵なのかまったく叩かれない。

山田太一さんは「本当のこと」をお書きになっているのである。
結婚できないような男女は、人間を知る機会に恵まれず未熟なまま人生を終える。
子育てをしたことがないものは、人間の奥深いところを学べず底の浅い人間になる。
たしかにそうだよなあ。本当にまったく山田太一先生の言うとおりだよなあ。
山田太一のファン層は、リスクを恐れて平凡で月並みな人生を送る生活者が多い。
本はめったに読まないが新聞やテレビを見ていっぱしに自分の意見を語る手合いだ。
そういう連中は高望みをしないでお互いのレベルに合わせた結婚をしている。
深く考えもせずに、みんながしているからという理由で子供を育てている。
こういう多数派の生活者は山田太一氏の意見にしびれるのだろう。
平凡な自分を肯定されたと思うがためである。
みんなとおなじように結婚している私たちは偉い。
なんとなく子育てをしている私たちは立派なんだ。

結婚や子育てなんてそこいらのDQN(ちんぴら)でも楽勝でしているのである。
尊敬する山田太一さんがしたほうがいいとおっしゃるのなら、
わたしも結婚や子育てをしたいものだが(本当かよ!)、
哀しいかな、いまの稼ぎだともうどうポジティブに考えようとも無理なのである。
きっといまのまま底の浅い未熟な人間として短い生涯を終えることになるのだろう。
この本のオリジナルは著者が60歳(くらい)のころに書かれたものらしい。
60歳になったらもう安全だと思ったのだろうが、
それでも「子育て本」を書く勇気には敬服する。
だって、もし「子育て本」を出したあとに自分の子供がやんちゃをしてしまったら
赤っ恥になるのだから。
山田太一さんのご長男はアレレな時期もあったような真否不明の噂話(ガセネタだろう)を
聞かなかったこともないけれど、いまは日米をまたにかけてご立派にご活躍しているらしい。

本書のタイトルは「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」。
親が子供になにか意識的な影響を残そうと思っても、
そういうことの大半は無駄に終わるという子育て論である。
むしろ、意識しないところで親は子供に影響を与えていると子育てに成功した著者は語る。
むろん、それはケースバイケースだと山田太一さんもわかっているのではあろうが、
くだらぬわたしの体験では親は子供にかなりのことをできるのではないかと言いたくなる。
わたしの母親は息子であるわたしの目のまえで飛び降り自殺をした。
ある日の明け方、道ばたにいたら上から名前を呼ばれ、
声のほうを見たら母が9階から落ちてきて血まみれになって死んだ。
遺された日記にはわたしの悪口が書かれていて、人生ボロボロになりましたねえ。
14年経って、まあまあ、人生そんなもんさ、という達観に行き着きましたけれども。
言いたいのは、いいかしら、「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」ではないこともある。

以下は社会的な成功をおさめたのみならず、
結婚や子育てにも成功した山田太一氏の大学時代の思い出である。
氏のお父君がたまに上京してくると、かならずすき焼き屋に連れていかれたという。
山田青年のお父さんは叩き上げの人でろくな教育を受けていないから、
早稲田大学に入った息子が誇らしくて仕方がない。
このため、お父さんはすき焼き屋のお姐さんに「こいつ早稲田」と決まって自慢する。
山田青年はそれが気恥ずかしくてやめてほしかったという。

「[父は]「こいつ早稲田」といって、お姐さんがスゴイとかいうに決まっている、
という顔をするので、こっちははずかしくていたたまれない思いでしたが、
いまふりかえると、得意そうな父の顔にほろりとしますね」(P112)


どうでもいいわたくしごとを書くと今日は死んだ母の誕生日でいろいろ思い返しているが、
山田太一氏のようにほろりと亡親を懐旧するようなことがなく、ただただ悲しい。
山田太一さんは、なるべくなら結婚しろ、子づくり(子育て)をしろ、
と本書で半分言っているようなものだが、
最後にだれも興味がない愚かな失敗者のわたしの意見を述べると、
劣悪な遺伝子を持つものは結婚はしてもいいが(まあ、できないだろうが、できるものならさ)、
いいか、いいか、はあはあ、子づくりだけはやめておけよ。やめておけ。だから、やめろ。

(参考)「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」出版記念、
「ラジオ版 学問ノススメ 山田太一」

COMMENT

山田太一 URL @
09/30 18:49
. そういうつもりで書いたんじゃないんだけどなあ。

いろいろお辛いことがあったようですが、露悪的すぎるのもあまりいい趣味とは思えません。ほどほどになさってはいかがでしょうか。
Yonda? URL @
10/18 17:45
なりすまし山田太一さんへ. 

あなたのコメントのせいでどれほど悩み苦しんだことでしょうか。
もう生きているのがいやになりました。本当にいやになりました。
さようなら。








 

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