「カサブランカ」

向田邦子賞作家で橋田寿賀子賞特別賞作家でもある山田太一氏の
推薦するアメリカ古典映画「カサブランカ」をジェイコムで録画視聴する。
わたしに白黒映画を観るように仕向けることができるのはいまや山田太一さんだけである。
おもしろくてたまらなかったなあ。
どのくらいおもしろかったかといえば、隙間に嫌いな家事をできてしまうくらいだ。
みなさまにはどうでもいいことだが、洗濯物を取り込んだり掃除をしたりはとてもめんどうくさい。
しかし、「カサブランカ」があまりにおもしろかったので、
視聴途中に何度か休止して洗濯物をたたんだりトイレ掃除やらをしてしまったくらいである。
あたまのなかは映画のことを考えているから、自然と手の動きも早くなる。
映画の先を知りたいというアメをぶらさげて嫌いな作業を素早く行うことができた。

どのような角度からも語れる名作映画だが、
さんざん論じつくされた作品に対して
映画オンチのわたしがいまなにかを語るとするならばこうなる。
人は「自分のため」と「他人(みんな)のため」、
いったいどちらのために生きるのがいいのだろうか?
そして、いわゆる恋愛と呼ばれている男女の感情交流(およびそれに付随する肉体交渉)は、
「自分のため」にするのと「他人(相手)のため」にするのではどちらが「正しい」のか?
大半の山田太一ドラマには「正しい」答えはないが、
「カサブランカ」にはどうやら正答があるようだ。
人間は「自分のため」に生きるよりも「他人(母国、正義、国民)のため」に生きるべきである。
恋愛とは「自分のため」にするものではなく「他人のため」を思うことが恋愛である。

まずはいまや絶対正義となった恋愛から話をすすめよう。
いわゆる通俗恋愛は「自分のため」にするものだろうか?
それとも「正しい」恋愛とやらは「他人(相手)のため」にするものなのか?
もし自分がだれか異性を好きになったとする。
そのときやっぱり相手をコントロール(支配)したいと思うわけでしょう。
相手に自分の価値を認めさせたい。相手をほんろうしたい。相手を自分に夢中にさせたい。
とはいえ、だれかを好きになったら「他人(相手)のため」に尽くしたいという気持も生まれる。
相手の気に入るものをプレゼントしたい。おいしいものをご馳走したい。
卑俗なことを書くと口淫というのは、もっとも相手に尽くす行為の象徴だと思う。
身体を差し出すというのが、一方の性からはもっとも愛情の表明になることだろう。

「自分のため」か、「他人のため」か?
とことんまで愛情なるものを突き詰めたらかえって反対のことをしませんか?
自分がダメだという自覚がある人は、
だれかを好きになってもこんな自分ごときが……と相手のご迷惑を考えるはずである。
相手のためを考えるがために相手のことを断念するのは論理的におかしいのか?
そうだそうだ、わたしは山田太一さんのことを好きだが、
ひとたびたりとして交流を持ったことがない。
手紙を書いたことは一度もない。
講演会にはひんぱんに行っていて、1メートル以内に近づいたことさえ何度もある。
しかし、わたしは山田太一さんに話しかけなかった。
質問タイムに挙手をしたこともない(今後するかもしれないけれども)。
自分なんかがこちらが一方的に好きなだけの相手様の貴重なお時間を
奪ってはいけないのではないかという思いがどこかにあった。

山田太一さんを好きな方は多くおられるようだが、
みなみな氏の残り少ない時間を奪おうとするわけでしょう。
仲人をしてくれ、自著を読んでくれ、自作(映画)を見てくれ、
推薦文を書いてくれ、相談に乗ってくれ、手紙の返事をくれ、つまり自分のことを認めてくれ。
本当にだれかのことを好きになったら、
つまり相手のすばらしさを理解できていたら、
わたくしごときがと思うのが「正しい」とは言えないか?
人当たりのいい山田太一さんとの交流を自慢するファンにはうんざりする。
本当にきさまは山田太一が好きなのか?
黙って遠くからなにも言えずに見ているのが本当の愛情とも言えなくはないか?

「カサブランカ」に話を戻そう。
女に振られたことを根に持って「自分のため」に生きていた女嫌いの主人公は、
映画のラストで「他人のため」に生きようと決意する。
正義(笑)のために生きよう。愛国心をたいせつにしよう。
つまり「自分のため」に生きることをやめる。
わたしはこういう態度は嫌いだが、しかし好きな女をあきらめているのがいい。
自分が惚れた女のことをどこまでも真剣に考えたら、
自分となんか付き合わないほうがいいという結論にいたるのが「正しい」のではないか?
本当に相手のことを好きになったら「相手のため」になることを考えるのではないか?
自分なんかと交際するのが「相手のため」になるのか?

名作映画「カサブランカ」はかつて女に振られたことを根に持つ女嫌いの男が、
立場を利用して逆に女に自分のことを惚れさせて仕返しに振る話とも読めなくもない。
こういう多面的な解釈をできるのが名作たるゆえんだろう。
白黒映画「カサブランカ」はとてもいい娯楽作品だった。
明日はまたまた山田太一さんご推薦の映画「シカゴ」を
バイトに行くまえに観られたらと思っている。
最後にこれだけは書いておきたい。
みなさまのなさっておられるのは恋愛ではなく恋愛もどきではございませんか?
愛のために生きるですと?
「他人のため」にあなたが生きているならそれはごまかしの偽善だ。
かといって「自分のため」に生きているといったらエゴイストと袋だたきに遭いかねない。

「(私は)自分のためにしか闘わない」

「ひがんでいるの?」

「ラズロ(恋敵)や正義がそれほど大事なら(拳銃を)撃てばいいだろう?」

「こんなに愛するなんて」


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