「明恵上人伝記」

「明恵上人伝記」(平泉洸:全訳注/講談社学術文庫)

→明恵(みょうえ)は鎌倉時代のマイナーな坊さんだが、
河合隼雄に引き上げられたからいまは少しは存在を知られているのかしら。
かんたんに人物像を説明すると、親鸞とタメ(おない年)で、
法然の死後に法然を否定する激烈な論文をお書きになった地位の高い坊さんってところか。
まあ、およそ常識がないクレイジーな坊さんだから高僧と言ってもいいのだろう。
明恵がある種の悟りを開いたのは13歳のときである。
ふっと気づいてはならない「本当のこと」に気づいてしまったようだ。
中二病には1歳早いところが明恵の天才性のあかしかもしれない。
さて、13歳の明恵はなにを悟ったか?
あれえ、五蘊(ごうん=身体)があるからこそ、悩みや苦しみが発生するんじゃあるまいか!
だったら、死んだほうがいいじゃーん。なーんだ、なーんだ、真理、見ーっけ♪
ここで明恵少年はさらなる真理を発見するのだからきちがいは偉大である。
当時の墓場は死体をそのまま放置し、
それを野犬が食い散らかしていくのがふつうだったという。
明恵少年は尊敬する釈迦の捨身飼虎(しゃしんしこ=飢えた虎にわが身を与えること)
を真似て、自殺するために死体と一緒に墓場に横たわったというのだから、さあどうなったか。
真夜中、野犬の集団は死体をむさぼりこそしたが明恵はにおいをかいで食わなかった。
いったいどうしてなんだろう? どうして自分は死ななかったのか?
明恵の信仰は、このとき生まれたものを基本としているような気がする。
13歳の明恵は深夜の墓場でなにを悟ったのか?

「此(こ)の様を見るに、さては何(いか)に身を捨てんと思ふとも、
定業(じょうごう)ならずば死すまじき事にて有りけりと知りて、
其(そ)の後は思ひ止まりぬ」(P28)


なんとかして自殺しようと思っても、前世から定まった宿業がなかったら死ねない。
自分が主体的に死ねないということは、いま生きているのも主体的に生きているのではなく、
(いんちき善人っぽい表現だが)生かされているのではないか。
なにによって生かされているのか。大きなものの一部として生かされているのはわかる。
このよくわからん大きなものはいったいなにか?
もしやこの大きなものを仏というのではないか、と明恵は13歳で悟ったと思われるのである。

このように明恵の仏法は自殺否定から始まったとみてよい。
注意したいのは自殺禁止ではなく、自殺を否定しているところである。
自殺なんて存在しないという地点から明恵の仏教はスタートしているのだ。
いくら自殺しようと思ったところで定業(宿業)がなければ死ねるわけがないではないか。
これはまったく本当でいくら自殺をしても死ねない人は絶対に未遂で終わると思う。
いっぽうで冗談半分でドアノブに縄をかけただけでも死ぬやつは定業により死んでしまう。
そうだとしたら、自殺しようかどうか迷っている人は明恵の教えをわかっていないことになる。
人間が自殺を自分の意志だけで遂行可能だというのは近代人の大きな錯覚になるのだと思う。
「やってみい、死ねないから」というのが13歳の明恵が悟ったことである。
しかし、明恵が自殺しようと思わなかったらこのことに気づかなかったのだ。
ならば、その自殺しようという少年の欲望はどこから来ているのか。
そして、たまたまその日だったから野犬に食われなかったのかもしれないのである。
別の日に墓場に横たわっていたら空腹の野犬に食われてしまっていたかもしれない。
この「たまたま」はいったいなんによるのか。
あらゆる答えはおそらく定業(じょうごう)になるのだろうが、
その定業はそれぞれの人が生きてみないとわからないようになっている。

明恵はマゾと言ってもいいほどの修行中毒だった。
いまで言うリストカットのようなことを若いころにしている。
どうやら明恵はものすごいイケメンだったらしく美少年はケツを掘られるのを恐れた気配がある。
このままだと上司に気に入られて僧侶社会で出世して堕落した坊さんになってしまう。
そこで明恵青年は唐突に片輪者(身障者)になることを思いつくのである。
顔の一部分を切り取ったらブサイクになるため、ちやほやされることもなくなるのではないか。
とはいえ、目玉をえぐればお経が読めなくなる。
鼻を切り取ったら鼻汁がとまらずたいせつなお経を汚してしまう。
手を切ったら印を結べなくなるから困る。
そういうわけで明恵はどうしたかというとカミソリで右耳を切り取ったのである。
わたしはよくわからないがリストカッターは明恵の気持がよくわかるのではないか。
自分をわざと痛めつけることで生きている実感のようなものが生まれることもあろう。
仏道修行と自傷行為はどこか似ているような気がする。
仏教関係者が読んだら激怒しそうな不謹慎なことをあえて言えば、
過労死寸前の会社員とかさ、「寝てない自慢」をしながら自分に酔っていそうじゃん。
「おれすごいだろう」みたいな(笑)。人間の限界を超えたぞ、みたいな(笑)。
過労死寸前のモーレツ社員を支えている価値観は「よく働く人は偉い」である。
では、修行中毒だった明恵を支えていた当時の価値観はなんだったのか。
食うや食わずで修行ばかりしていた明恵は病気になっても薬の服用を拒否したという。
その理由が過労死本望の社畜を思わせて空恐ろしい。

「生者必滅何(なん)ぞ始めて驚かん。
縦(たと)ひ仏道修行の故に、病み付いて死せば、修道の志を以て、
来世に継がん事、今日に明日を継ぐに異ならざらん」(P54)


過労死上等と明恵は言っているわけである。
修行中に死ねたらば、かえって都合がいいと思っていたふしがうかがえる。
明恵ほどに修行をしていたらおのれの限界というものがかならずや見えたはずである。
おのれの限界とは定業(宿業)のことである。
前世で仏道修行が足らなかったから、これ以上はいけないという限界にまで達したはずだ。
ならば、どうしたらいいのか。
現世で徹底的に仏道修行をして来世に希望をつなげばいいことになろう。
河合隼雄をはじめ、いまの仏教ファンは職業僧侶でさえも前世の存在をあやふやにしているが、
明恵のもっとも信じていたものは定業(前世から定まった宿業のこと)だったのだと思う。
定業を信じるとは、前世と来世を信じるということである。
定業を信じられたらば、この世の不平等に疑問を感じることはなくなる。
いまの世で恵まれているものは定業ゆえにそうなのだということになるのだから。
どうしてイチローはイチローで、あなたはイチローになれないのか?

「凡(およ)そ国王大臣となり、或(あるひ)は高位高官に登り、或は国城田園に飽き、
微妙(みみょう)の珍宝に満ちて、百千の寿命を保ち、藝能人に超え、
才覚優長に、面貌美麗に、何事も思ふ様になること、
皆仏法の恩徳より出でずと云ふ事なし。
されば富めるは富めるにつき、貧しきは貧しきに付(つき)て、
仏法を崇敬し財宝を施し、心を致して供養して、敢て軽慢すべからず。
此の世にかく豊かに栄ゆるは、先世に戒を持(たも)ち、寺院を造り、僧に布施し、
貧しきに宝を与へ、仏像・経巻を荘(かざ)り、此(かく)の如き善を修せし報(むくい)なり。
若(も)し此の法の種子なくば、先づ人界に生を受くべからず。
況(いはん)や又いふ所の如くの楽(たのしみ)あらんや。
若し此の度またさきの如く善を修せずんば、何を以てか当来の副因とせん。
喩(たと)へば去年よく作りし田畠の作毛を以て、今年豊(ゆたか)なりと雖(いへど)も、
今年豊なるに耽(ふけ)りて、明年の為めに田畠を耕作せずば、
次の年は餓死せんこと疑ひあるべからず」(P283)


河合隼雄が評価したから明恵は親鸞に準ずるほどの高僧ということになっているけれど、
上の引用文を読んだらこの坊さんはカルト教団の教祖と変わらないことがわかるだろう。
おそらく、当時の貴族たちにもある種の自責の念というのがあったのではないか。
どうして食うや食わずの貧農がいるいっぽうで自分たちはこんなに恵まれているのか?
現代の金満成功者たちはその理由をおのれの努力に帰してごまかしている問題である。
明恵はなにやら後ろめたい高身分の貴族や武士たちに安心を与えたと言ってよい。
あなたたちが現世で異常なほど恵まれているのは前世で三宝(仏法僧)を重んじたからだ。
しかし、来世はどうなるかわからんぞ。
いまのうちに全財産を寄付しておけば、来世でもっとおいしい目を見られることは疑いなし。
おいおい、明恵さんよ~。
かといって、やはり明恵は現代のカルト教祖とは異なるのである。
なぜなら修行マニアの高僧、明恵上人は現世利益を完全に否定しているからである。
明恵ほどの高僧になると貴族たちが高額のお布施を持って祈祷をお願いしてくるらしい。
貴族とはいえ親族の病気の治癒や出世願望といったさまざまな欲望があった。
現世利益のための祈祷の依頼に明恵がどう答えたのか記録に残っている。
いくらお祈りしてもかなうことはかなうけれど、かなわないものはかなわないよ――。
かなわないことはいくら仏の力を借りても、無理なものは無理。
これもまた定業を深く信じているがゆえの回答なのだろう。
現世利益の祈祷を依頼されたときの明恵の回答は以下である。

「我は朝夕一切衆生の為に祈念を致し候(さうら)へば、
定めて御事[あなたさまのこと]も其の数の中にてましまし候ふらん。
されば別して[特別に]祈り申すべきにあらず。
叶(かな)ふべき事にて候はば叶ひ候はんずらん。
又叶ふまじき事にて候はば、仏の御力も及ぶまじき事にて候ふらん。
其の上、平等の心に背きて御事ばかり祈り候はんこと、親疎[えこひいき]あるに似たり。
左様に親疎あらんものの申さんことをば、仏神もよも御聞き入れ候はじ」(P186)


明恵がホンモノだったことがそこはかとなくわかるのではないか。
願望はかなう人はかなうだろうが、無理なものは無理で、かなわないものはかなわない。
いわゆる夢がかなう人とそうではない人を分けているのは、しつこいが定業である。
しかし、望みがかなえばいいのかどうかもわからないと明恵は諭していたようだ。
たしかに願いがかなって出世をしても過労死してしまったら意味がない。
子どもの病気が治ったのはいいが、長じて人を殺めてしまったらどうなろう。
宗教評論家のひろさちやさんではないが(氏はよくこの説明をする)、
志望校に合格していたらいじめられて自殺していたかもしれないのである。
仏さまはひとりひとりを子どものようにたいせつに思ってくださっている。
念願がたとえかなえられなくても、それは仏さまがそのほうがいいと判断したからだ。
ゆめゆめ仏さまを恨むようなことはしてはいけませぬぞ。

「又仏は方々[それぞれ]の御事をば一子の如く思しめし候に、
叶へても進ぜられ候はぬは、何(いか)にもやうこそ候ふらめ。
譬(たと)へばをさなき[幼き]者毒[を]しらで食したがり候を、
親の奪ひ取り候をば、甚だ恨みて泣き候が如し。
一旦は本意なきやうに候へども、終(つひ)にはよかるべきはからひなり。
されば仏をも神をも御恨みあるまじく候。
又不信放逸の心ある人をば、千仏も救ひ給はぬことなり。
されば我身の拙(つたな)きことを顧みて、身をこそ恨み給ふべく候へ。
祈(いのり)叶はざらん時も、仏の御計らひ、やうぞあらんと思ひ給ふべし」(P186)


「なにもしない」が晩年の信条だった心理療法家の河合隼雄のような詐欺師っぷりがよろしい。
それでも河合隼雄とおなじようにお金を取るときは取ったのだろうから、そこもいい。
「なにもしない」とは「信じる」ことである。
本当に仏さまを信じていたら、ジタバタせずに「なにもしない」でいられるのだろう。
「なにもしない」のがかえって難しいわけは、信じることが難しいからではないか。

「諸仏の甚深の道理は、只(ただ)仏のみ能(よ)く知り給へり。
仰ぎて信をなすべきなり。兎角(とかく)我れとあてかふ事は悪きなり」(P98)


どうして自分は不幸なんだろう? どうしてあの人は不幸なんだろう?
もし本当に仏さまや如来がいるのなら、いったいどういうわけで助けてくれないのか?
もし本当に仏さまや如来がいるなら、どうして不幸な人を実際に救わないのか?
むかしからあった宗教の根本的な問いと言えよう。
おおむかしインドには頻婆娑羅(びんばしゃら)というとても不幸な王さまがいた。
じつの息子から嫌われ七重もの扉に閉ざされた牢屋に閉じ込められてしまった。
いったいどういう理由でこういう痛ましいことが起こるのか?
それは13歳の明恵が自殺しようとしたけれどできなかったのとおなじ理由からである。
前世からの定まった報い、つまり定業は仏や菩薩にもどうしようもないのである。
定業は現世に報いとして現われてみてはじめてそうであるとわかる不思議な因果である。

「只一向(ひたすら)に諸法の真実の因果は只仏のみ知り給へり。
我等が思ひ計るべき処に非(あら)ずと信じて、其の心に道理を失わず、
生々世々[生死輪廻]に必ず無當なる[不当な]果報をば得べからざるなり。
亦(また)、頻婆娑羅王、仏を深く念じ奉りしに依(より)て、
忽(たちまち)に七重の室を出でざれども
[仏を念じても監獄から解放されなかったけれど]、
如来の光明に照らされて不還果[ふげんか=輪廻からの解脱]を得たりき。
打ち任せて人の思へるは、如来の神力などか[どうして]七重の室を破りて、
彼の王を取り出(いだ)し給はざりしと。
然(しか)れども諸仏の慈悲はたゆる事なけれども、三悪道の果報充満せり。
実(まこと)に諸法の因果の道理は仏の始めて作り出し給へるにもあらず、
慈悲深くいますとても法性[現実]を転変し給ふべきにあらず」(P94)


仏さまはいくら祈ろうが現実を変えてくれはしない。
「生々世々に必ず無當なる果報をば得べからざるなり」――。
その不幸は無数回における生まれ変わりのどこかで
自分自身がつくりしところの悪業の報いなのだからあきらめよう。
「救いがないところが救いである」と言っているようなものだと思う。
明恵は(念仏の)法然を批判したことで知られているが、
河合隼雄も指摘していたけれど、どこかで法然を認めていたような気がする。
以下の引用文は法然の念仏を推奨しているようにさえ読めなくもない。

「されば今生[現世]の事に於(おい)ては宿報決定して[定業ゆえ]、
仏菩薩の御力も及ばせ給はぬことあれども、
一度(ひとたび)も仏を縁として心を起して、名号[仏の名前]をも念ずる功徳は、
必ず有為生死の中にして朽ちやむ事は無きなり」(P93)


とはいえ、定業を深く信じた明恵の教えは念仏ではない。
明恵はそれぞれ「あるべきようわ」を心がけよと説いている。
明恵の「あるべきようわ」の解釈は、河合隼雄の少々偽善的なものが一般に流布している。
しかし、実際の明恵の「あるべきようわ」は現代的見地からしたらかなり残酷な教えだと思う。
「あるべきようわ」は「おまえの定業を生きよ」ということだと思う。
本書のオリジナルにもいろいろな異本があるそうなのだが、
そのひとつに「あるべきようわ」の説明としてこんなことが書かれているという。

「人は阿留へきようは[あるべきようわ]といふ七文字を可持也(たもつべきなり)、
帝王は帝王の可有様(あるべきよう)、臣下は臣下のあるへきやう、
僧は僧のあるへきやう、俗は俗のあるへきやう、女は女のあるへきやうなり、
このあるへきやうをそむくゆへに一切あしき也(なり)」(P86)


いまの時代に「女は女らしくしろ!」なんて発言したら、どこからなにが飛んでくるかわからない。
しかし、明恵の「あるべきようわ」はたぶんそういうことである。
自分はどれほどの定業を持っているかを見極め、その定業を真正面から生き抜くしかない。
人権的にどうかという表現をしたら、貧乏人は貧乏人らしくしろ、ということになってしまう。
きれいごとっぽく言うならば、あなたはあなたらしくすればいい、
という歯の浮くような言葉になる。
前提としてあるのは定業(=宿命、現実)を認めて生きるしかないという決意(断念)になろう。
だって、ブスは美人にならない。偏差値40のものは東大に入れない。
現実として、難病になったら死ぬまで苦しみ続けるしかないじゃないか。
障害を持って生まれたら、その障害を受け入れて、どう生きるかを考えなければならない。
金持の家に生まれるのと貧乏人の家に生まれるのではぜんぜん違うのだから、
万民に通じる「正しい生き方」などあるわけがなく、
それぞれがそれぞれの「あるべきようわ」を見つめながら定業を生き抜くしかないではないか。
これが河合隼雄の好きな明恵上人の教え「あるべきようわ」だとわたしは思う。
河合隼雄はまったく触れていないが「あるべきようわ」は身分差別が前提にある教えだ。
しかし、現実にはいまも差別があるではないか。
金持と貧乏人が平等か。美人とブスがおなじ対応をしてもらえるか。
現実の差別に対して、お題目やお念仏を唱えるのもいいし、
ヨガ教室に通って心身を清めるのもいいいだろうが、しかし現実の差別は変わらないだろう。
「なんで、あいつばかりいい思いをするんだ」という思いは消えまい。
明恵は「あいつ」のことではなく自分の「あるべきようわ」を考えろと言っているのだと思う。
本書によると、明恵の入滅後、
3人の弟子がそれぞれの「あるべきようわ」と向き合い師匠の後を追ったという。
明恵の言葉を使うならば、弟子たちは後追い自殺をしたのではなく、
それぞれの定業を生き抜いたのであろう。

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