「ショーシャンクの空に」

年齢的にどう考えてももうじきお亡くなりになるであろう山田太一さん推薦の
アメリカ映画「ショーシャンクの空に」(1994年)をジェイコムで録画視聴する。
どうして大半の人は、
たとえばある作品の感想をなるべく客観的な立場から書こうとするのだろう。
これは自分のいち主観ではなく、可能なかぎり客観的に見ていると感想で示したがるのだろう。
大衆というバカどもは客観的になるのがインテリに近づく道だと思っているのかもしれない。
だから、映画感想ブログとかつまらなくてどの記事も最後まで読めないんだよね。
なに? おまえさん、映画評論家にでもなったご気分でございますか、みたいなさ、キャハ。

わたしがこの映画を大好きなのは、どうしてだかいまの環境と似ているからだ。
「ショーシャンクの空に」はインテリのエリート銀行員が無実の罪で刑務所へ入る話である。
そこにはインテリジェンスなどとは縁のない終身刑を言い渡された囚人たちがいた。
はじめは孤高を保っていたインテリ主人公がしだいに囚人たちと打ち解けていく。
のみならず、持ち前の能力を生かして刑務所の待遇改善に乗り出していく。
これはストーリーの序の口で、
この映画のおもしろさはもっぱらストーリーだから、これ以上は書きたくない。

わたしはインテリは大嫌いだけれど、
どう考えても有名大学を卒業して本ばかり読んできたいわゆるインテリになるのだと思う。
流されるように刑務所ほどひどくはないが時給850円の職場にアルバイトとして入った。
こういう理由で映画「ショーシャンクの空に」をとても身近に感じたのである。
自意識過剰なんだろうけれど、本を読まない人たちの850円の世界がよくわからない。
しかし、映画のようなことがあったらいいなあ、と映像にわくわくさせられながら思った。
刑務所のような世界にも友情や連帯のようなものがあるのだとしたらどんなに救われるだろう。

ちなみにこの映画が大好きな脚本家の山田太一さんは庶民のドラマを書かれている。
けれども、生まれこそ庶民らしいが有名脚本家は優秀なインテリで富裕層なのである。
有名大学を卒業して一流会社に入り、
その会社の敏腕上司から目をかけられたのが実際の山田太一さんである。
にもかかわらず、本人の自覚は庶民だし、庶民の世界を描きたいと思っている。
しかし、どうしてもおのれのインテリ気質が(これも庶民ならではか?)ことあるごとに出てしまう。
庶民でありながらインテリでもある。
こういう矛盾があるからたぶん山田太一さんは「ショーシャンクの空に」が好きなのだ。

わたしも「ショーシャンクの空に」が大好きで本当にいい映画だと思ったけれど、
その理由はいったいなにか。
山田太一さんとおなじだと思いたいが、本当は違うのだろう。
インテリと庶民の自己分裂に苦しむというような崇高な葛藤が自身のうちにあるとでも言うのか。
「ショーシャンクの空に」は恋愛がまったく出てこない男同士の友情の物語である。
美人女優がイケメン俳優といちゃいちゃするシーンが一度たりともない。
このため、白人映画が苦手なわたしも「ショーシャンクの空に」は好きなのだろう。
「ショーシャンクの空に」はインテリの白人と犯罪者の黒人の友情を美しく描いた物語である。
こんな話は現実にはないのだろうが、あったらどんなにいいだろうなあ。
まさしく映画である。映画にしてしまえば、すべてが現実になってしまう。

COMMENT

Mac URL @
08/03 16:50
. アンディが逃げる時、ラクウェル・ウェルチをどうやって貼ったのか・・・。
夜も眠れません。
Yonda? URL @
08/11 20:24
Macさんへ. 

あら、そういえばあれはふしぎ。








 

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