「春の惑星」

CS放送のTBSチャンネル2で放送された山田太一ドラマ「春の惑星」を視聴する。
勢いで流されるようにケーブルテレビのジェイコムに加入してしまったため、
いまHDには今月放送された過去の山田太一ドラマが山のように録画されている。
6月は山田太一月間だったのか、まさに山のようにである。
ひとつ問題があって見たほうがいいのかどうかだ。
というのも、シナリオですでに読んでいるものもけっこうあるからである。
優秀なテレビ局社員さまには失礼な話かもしれないが、
もしかしたら(ないとは思いますよ)わたしの脳内で再生したドラマのほうが
実際の演出よりも上かもしれないではないか。
「岸辺のアルバム」は最終回だけ上映会で見たことがあるけれど、
シナリオで読んでいた当方は実際放送された映像のしょぼさにがっくりきた記憶がある。

「春の惑星」は1999年に放送されたドラマである(シナリオ未公開)。
ともさかりえが就職面接を受ける女子大生として主演を務めている。
これはわたしが就活していた時期と近いから、このドラマを当時見ていたのかどうか。
あのころの就活は本当に厳しかった。
ドラマのなかのともさかりえよりは多少ランクが上の大学だったような気がするが、
どんな小さな会社からも内定が出なかった。
どうでもいいわたしのことはさておき、
山田太一さんのすごさはサラリーマンのリアルを描けるところだろう。
サラリーマンがどれほど上辺だけ善良で、
本当のところは陰湿で臆病で小狡いかが見事なまでにリアルに描写されている。
しかし、一見リアルっぽいが当方はサラリーマン経験がないから、
どこまでも本当はどうなのかを知りようがない。
いまの脚本家も貧乏フリーター上がりのような人が多そうだから、
サラリーマンの一見濃厚だがじつは底の浅い独特の人間関係を描けないのではないか。

山田太一ドラマを見ていると生活者の実相が金とプライドだというのがよくわかる。
そりゃあ金は一銭でも多くほしいが、それを邪魔するのがよけいなプライドである。
いわゆる恋愛やいわゆる家族愛をときに阻害し、ときに高め合うのもまたプライドだ。
素っ裸になればいいのによけいなものを着込むのが生活するということなのだろう。
また生活者の特徴は弱さである。
自分が他人を傷つけたかもしれない、ということにさえ耐えられないほど弱い。
山田太一ドラマの住民はよく「人の身になれ」と言うが、
これは日ごろからつねに自分自身が人の身になっているからだろう。
そうなると、こういうことさえ起こりうるのである。
相手は自分を傷つけたと思って苦しんでいるんじゃないか、
と傷つけられた側なのに相手の痛みを思ってさらに息詰まる思いがするのである。
双方が相手のことを考え道をゆずったら正面衝突でぶつかってしまうのだが、
こういう日常の事故を描くのも山田太一さんにかなうものはいないのではないか。

最近知ったが、人間の弱点は自分もふくめて
相手の気持をどうしようもなく考えてしまうところだろう。
それは長所でもあるのだろうが、あえて反対側からそれは弱点だと言いたい。
人の身になってしまうのはやさしさというより弱さであろう。
相手の気持なんかわかるはずがないのに、
相手の身になって苦しんでしまうような弱さをわれわれはどこかで抱えているのではないか。
人の身になることは不可能なはずなのに、どうしてか人の身になってしまう。
人の身になることは不可能なはずなのに、「人の身になれ」と言ってしまう。
こういうおかしさが山田太一ドラマのおもしろさのひとつだろう。
われわれは原理上、人の身になれないはずなのに常日ごろから人の身になっている。
おっかしいね、人間ってさあ。的外れなことばっかりやっている。

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