「トーク・トゥ・ハー」

もう若い人はほとんど名前さえ知らない業界の化石、テレビライターの山田太一さんが
すすめていた2002年のスペイン映画「トーク・トゥ・ハー」を見る。
映画はどちらかといえば嫌いなんだけど、ジェイコムに加入したから、せっかくだから。
ぶっちゃけ芸術映画とかお給金をもらっても見たくないときがある(シナリオならべつ)。
はじまってから1時間くらいまでは消したくて消したくてしようがなかった。
ストーリーはとろとろしているし、外人さんの濃ゆい顔は区別がつきにくいし……。
とくにいやだったのは物書きのイケメンと美女の恋愛が描かれているところだなあ。
へん、だれがいい思いをしていやがる、
ええ商売をしてはるイケメンさんに興味なんか持つもんかい。
イケメンの恋人の女闘牛士が事故で脳死になって、
うっとり悲しみにふけっている美男子の映像もうざくて
素面(酒抜き)で視聴するのがだいぶ骨折りだった。

半分を過ぎて、この物語の主人公はイケメンではなく「もてない男」だとわかりおもしろくなる。
いかにももてなさそうな、ホモを疑われるほどオタクっぽいキモい介護士が存在感を増すのだ。
ああ、こういうやつら、うちのバイト先にもけっこういるな、なんて思いながら(ぼくも?)。
一般的に映画は美男美女の恋愛を描くけれど、
実際は現実は女優レベルの美女は「もてない男」を相手にしてくれません。
でもさ、女が雨の日に交通事故で脳死状態(植物状態?)になったらば話は違う。
相手は目も見えないし口もきけないから、介護士はケアすることで疑似恋愛を味わえる。
勘違いをそのままにホモだってことにしておけば、
女の裸体を愛情込めて拭くことも可能になるわけである。
すべての恋愛というのは、ある意味で到達不能な境地を求めているわけ。
だって、相手にも意思があるのだから、こちらの思い通りになるはずがない。
しかし、相手がドール(人形)状態なら、思うがままに尽くすこともできるわけだ。

「あの日から雨が好きになった」と「もてない男」がいう。
それはまったく本当で「もてない男」が手の届かぬ美女を好きになったら、
その相手が交通事故にでも遭って自分が介護人になるしかないのだろうから。
20代の「もてない男」は、
人生のなかで彼女の介護をできたこの4年がもっとも幸福だったとイケメンに語る。
精神だけの恋愛はないのだろう。
植物状態の彼女と「恋愛」している「もてない男」は肉体の結びつきを求める。
それも女の生理周期を知ったうえで、この日なら身ごもると計算しての行為である。
当然、現行法では「もてない男」の行為は犯罪として裁かれ彼は刑務所に収監される。
この「もてない男」のためにイケメンが奔走するところが山田太一さんのお気に召したようだ。

最後はどうなるのか。
子どもは死産だったが、女は出産のショックから意識を取り戻す。
しかし、その真実を「もてない男」は知らされることはなかった。
子どもは死産、美女は植物状態のままと嘘の状態を教えられる。
「寂しい人生だった」といい残し、
彼女とおなじ無意識の状態になりたいと「もてない男」は睡眠薬自殺を遂げる。
意識を取り戻した若いダンサーの美女はなにも真実を知らない。
ことさら彼女が知らないのは「もてない男」の孤独だろう。
男は冒頭、精神分析医(美女の父親)の「悩みは?」の問いにこう答える。
「少し孤独なだけ」
イケメンと「もてない男」の友情もお互いの孤独に強く依拠しているのが印象的だった。
こんな映画を好きになってしまう有名脚本家はどれほど内面に孤独をかかえているのだろう。
あらぬ邪推をされるのが怖くて、とても真似をしてこの映画が好きだなどとはいえない。

「きみも奇跡を信じないと。信じないと奇跡は見えないよ」

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