本当の親切

親切ってなんだろうか?
果たして、困っている人がいたら手助けしてあげることが親切なのか?
助言や説教は親切といってよいのか?
わたしはつたない人生経験から、助言や説教が親切かどうかはいまだもってわからない。
しかし、人と人が関係するときに、助言がなかったらだいぶ不便だろうな、とは思う。
なかには説教されるのが好きな人もおられるのだから、
(いい年齢なのに未成熟なわたしは苦手だが)説教の価値もあるのだろう。
言葉ではなく行為であるところの手助けは、かなりのところ親切だろう。
わたしも人から手助けされて感謝したことは(たぶん)みなさまとおなじでいくらだってある。
さて、いま思うのは、あえて手助けしないのも親切ではないかということだ。
手助けするばかりが親切ではない。
困っている人がいたとする。
手助けしてしまったらば、その人はそれで終わってしまう危険性もあるわけだ。
ぎりぎりまで追い込まれて、その人の成長(が偽善的なら変化)が始まることもあろう。
よくわからないが、賃仕事でもおなじことがいえるのかもしれない。
助け合いは美しいが、
ベテランはあまり新人を助けちゃうと当人が伸びない(自分で考えない)
という傾向もあるのかもしれない。
昨日はバイト先でたまたまきついポジションを振られ馴れない身はパンクしそうだった。
だが、わたしに背を向けていた高齢男性バイトさんから、なぜか親切のようなものを感じた。
あまりにものごとをプラスにとらえすぎている可能性もあるけれど(笑)。
なにかをあえてしてあげない親切は目に見えにくいが、
あるいは善と評価されやすい親切行為よりも人に深く影響を与えるのかもしれない。

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