「文豪はみんな、うつ」

「文豪はみんな、うつ」(岩波明/幻冬舎新書)

→やっぱり精神科医はみんなおもしろい文章を書くわけではなく、
たとえば春日武彦さんなら春日武彦だから
おもしろいことを書けるのだと当たり前のことに気づく。
作者のお骨折りには敬意を表しますが、商業出版物として本書はおもしろくないのである。
著書を濫作している春日武彦先生のほうが、おなじ精神科医の岩波明先生よりもおもしろい。
狂人の奇態、奇行をおもしろがるような視点がまったくないのが本書の退屈の理由だろう。
しかし、他人のきちがいぶりを笑いものにするというのは人としてどうかという問題がある。
おそらく、人間の一般尺度から判断したら、岩波明氏は春日武彦氏よりも上質なのだろう。
けれども、このために、本書はおもしろくないのである。
文豪の教科書的な情報提示とラベリング(きみはうつ病だ)に終始している感が強い。
狂っている人っておもしろいよね、クスクス、という不謹慎な本音が欠如しているのである。
もちろん少しはあるのだが、いまいちなのである。
とはいえ、おかしな人が多いことで知られる精神科医。
著者の岩波明氏にもほんのりとした香り程度ではあるが狂気が透けて見えるところがある。
岩波明氏は、この部分をこれからもっと伸ばしていったら文豪に近づけるのではないか。
顔写真からはとても恋愛経験が豊富そうには見えない著者は、
「愛」や「恋」をこう定義するのだが、
そこはかとなくただよう病的な感じが不健康でよろしい。

「きれいな言葉で物語ろうとも、あるいは流行りのファッションで包んでみたとしても、
「愛」「恋」の本質は相手を捕獲して離さず、自分の意のままにしようとすることである。
それが昂じてしまえば、相手を殺戮し滅ぼすことにもなるし、
文字通り食らうことにもなってしまう」(P209)


ふつう相手の迷惑を考えたら「愛」や「恋」はなかなかできないはずである。
にもかかわらず、これだけ恋愛ものが流行っているということは――。
みながどこかで狂うことにあこがれているのかもしれない。狂いたいのかもしれない。
狂った文豪にあこがれるものがいるのも、こういう理由だろう。
しかし、たかがうつ病ごときで自分を文豪に近づけてしまう読者は甘いと言わざるをえない。
本当に狂っているのなら女と心中してみろ。姪を犯してそのことを小説に書いてみろ。
「毎日出かけるのはイヤだなあ」という理由でNHKへの就職内定を蹴ってみろ。

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