「龍神の雨」

「龍神の雨」(道尾秀介/新潮文庫)

→大藪春彦賞を受賞したミステリー小説らしい。
この本を読んだきっかけは、作者の道尾さんをお見かけしたことがあるからだ。
どこでかというと今年、東京の八重洲ブックセンターで行われた
テレビライターの山田太一先生のトークイベント&サイン会。
質問タイムにイケメン男性が挙手をした。立ち上がり「道尾です」と名乗る。
「あなたは道尾さんじゃないですか!」と編集者あがりの作家が恐縮していた。
出版社の人もどよめいた記憶がある。
そのときまで恥ずかしながら道尾秀介さんのことを存じあげなかった。
帰宅してネットで調べてみたら、
わたしとそう年齢が変わらないのに山本周五郎賞も直木賞も取っている有名作家だった。
しかもそうとうなイケメンときたものだから、人生の不公平に愕然としたものである。
ぜひぜひこの人気作家のご作品を読んでいろいろ学ばなければと思ったものである。

ミステリー小説というのは通念を疑ってはいけないのだと学習する。
親が死んだら悲しいものだ。善は善で、悪は悪である。
人を殺すのは罪である。悪い大人は少女を強姦したがるものだ。
犯人は最後に自分の罪を自白するものと決まっている。
あらゆる世間のお約束を疑わず、
その決まりにのっとって平均的読者の好む架空空間を創造するのがミステリー作家なのだろう。
求められているのはリアルではない。だって、リアルなんてつまらないじゃないか。
女子中学生が「そうなったら、あたしだってばらすわ」と女性語の「わ」を使ってもよい。
むしろ、それがミステリーだ。
悪役の真犯人はきもいアイドルオタクで独身中年でなければならない。
イケメン直木賞作家の道尾秀介さんはこういうことを書く作家である。

「あの人、いい年齢(とし)をして独身だから、責任感ってものがないのかもね」(P314)

井戸端会議の感覚を失っては大衆小説を書けないのだろう。
あの人、いい歳をして独身らしいけれど、アイドルオタクのロリコンじゃないかしら?
こういう大衆の通念を保護し慰撫し安定させるのが、
(よく知らないが)ミステリー小説の社会的役割のひとつなのだろう。
いろいろな小説があっていいと思う。
またどこかでお姿を拝見する機会があったら文庫本にサインを頼んでみようと思う。
きっとすてきなスマイルで応じてくれることだろう。

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