「運のつくり方・開き方」

「運のつくり方・開き方」(藤木相元/PHP文庫)

→馬齢を重ねるごとにうっすらと気づいてくるものがある。それは――。
小声ですぱっと言い抜くぞ。あれ? 人生って努力じゃなくて運の強弱ではないか。
上のほうの人たちはおのれの厚遇を努力の結果にしたいのだろう。
いわゆるマスメディアは人生は努力しだいというきれいごとを流しつづける。
イコール、おまえらがダメなのは努力が足らないからだ!
そりゃあ、ぼくの努力が足らないのはわかるけれども、
自分よりもはるかに努力をしている人たちが驚くほど不遇なのはどうしてだろう?
もしかしたら人生って努力ではなく運が大きく影響するとは考えられないか。
これは絶望であると同時に希望でもある。
たとえ人脈どころか手に職さえないおっさんでも運があれば生きていけることになるのだから。
いちばん運を意識するのは戦争や災害だろう。
というのも、戦地や被災地で生死をわけるのは結局のところ運としか言えまい。
どうしてあいつが死んでおれが生き残ったかの答えは運でしかありえない。
沖縄戦を兵隊として経験した著者は運について饒舌である。
調べてみたら著者はまだ生きているらしいから恐れ入る。

「戦場でも、上官が「行け」と言ったとき、おかなびっくり、
ビクビクしながら塹壕から出ていく兵士にかぎって、
敵の弾に当たって死んでしまうことが多々ありました。
こんなとき、「弾が自分をよけるんだ」と開き直り、しゃにむに突破していった
兵士のほうが、意外に助かるというケースが多かったものです。
「運を呼び込む」というと、何かたいへんなことをするように
思う人がいるかもしれませんが、その秘訣は、じつに簡単なことにあるのです。
つまり、何が起ころうと、「自分は運が強いのだ」と信じていればいいのです」(P66)


自分は運がいいと信じること。とはいえ、なかなかそうは信じられない。
ならば、自分の運のよさを信じるためならなにを利用してもいいのだろう。
インチキ宗教でも、うさんくさい壺でも、パワーストーンでも、偽造した家系図でも。

「たとえ買った系図でも、本人が「だいじなもの」「かけがえのないもの」と信じていれば、
それがまちがいなく運を呼ぶきっかけになるということです」(P124)


自分の運を信じて明るくしていればいい。
具体的には明るくするとはどういうことか。

「つまりは、どんなことがあっても、
「いいこと」「よかったこと」としてとらえていたのです」(P158)


もし本当に自分の運がいいのだとしたら、
一見マイナスに思えることも次なる幸運の布石にちがいないではないか。
晴れはもちろんいいが、しかし雨が降るのも雪が降るのもまたよろしい。
インチキくさい思考法だが、死ぬまで自分を騙せばインチキも本物になろう。
自分を騙そう。騙すのだ自分を。自分――。

「運を求めるときは、自分という人間をよく知って、
自分が何を得手、得意としているかを知るのが第一です。
なぜなら、運は、あなたの得意分野の中にひそんでいるからです」(P174)


死ぬまで自分は運がいいと信じている人は果たして真実を見ていないのか?
いったい真実なんてどこにあるんだろう。

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