「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」

「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」(西村賢太/新潮文庫)

→いまごろになってようやく芥川賞受賞作「苦役列車」の単行本に収録されていた
「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を読んだのだが、これがおもしろくてたまらなかった。
だいたい5ページに1回くらいの割合で大笑いしたのではなかったか。
いわゆる新人作家は日本にいらっしゃる数少ない読書家さんに、
芥川賞作品だけはかろうじて読んでいただけるのである。
しかし、その(おそらく)9割9分がそれだけで該当者への興味を残酷なまでに失う。
高度情報化資本主義経済(ってゆーの?)はかなしくもそういうものである。
だから、このため、兄事する芥川賞作家、西村賢太氏は偉大なのだ。
賢太さん、おまえ(失礼!)、正直、おもしろすぎるぞ!
私小説と銘うっている本作品に書いてあることすべてが本当で同時に嘘であるところがいい。
文壇ではむかしからじつのところいちばん偉かったのだが、
いまでは明々白々に出版界の最高権力者であることが露呈した編集者さんを、
たかがリーマンにすぎないじゃないかとバカにしているのが
どこまでも本当でしかも嘘でとてもよかった。
ここが最高によかった。以下引用文中の藤澤清造とは、
一流の芥川賞作家である西村賢太氏が敬愛しているとされる三流未満の物故作家である。
芥川賞作家はどんな有名作家も批判できない編集者さんにたてついてみせる。
こちとら実作者はサラリーマンにすぎない編集者なんかよりも偉い。

「――そりゃあ、そうさ。
何しろこちとらは、かの藤澤清造のお仕込みなんだからなあ。
そこいらの、何を背負って小説書いているのかサッパリわからねえ、
ただ編集者(リーマン)に好かれてよ、
売文遊泳してるだけの老人や小僧連中と一緒にされちゃ悲しいぜ」(P157)


西村賢太兄貴は、ダメ人間、人間のクズのおもしろさを小説内で体現している。
もちろん、そういうことができるのは実際はそうではないからなのだろう。
氏の住居1階にあるオリジン弁当まえで待ち伏せしていたら、
尊敬する賢太兄貴はサインどころか握手までしてくれそうなので、
そういう本当のことは知りたくないがためにとてもとてもストーカー行為はできない。

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