「月日の残像」

「月日の残像」(山田太一/新潮社)

→今年80歳になる脚本家の最新エッセイ集を読む(季刊誌「考える人」連載)。
おそらくこちらが間違えているのだろう。人間としての出来がよくないのだ。
どこがおもしろかったか思い返すと、山田太一さんの黒い部分なのである。
自分の悪口を言われていたんではないかと猜疑心をめぐらすところ。
俳優やテレビライターからの言葉に多少被害妄想的な感想をいだき、
すぐに人間なんてそんなものだと自省するところもいい。
人間嫌い、人間不信、孤独好きがどこか透けて見える世捨て人めいた感性もおもしろい。
友人の成功に嫉妬を隠せない西洋文学者の日記に深々と共感するところも味がある。
結局、どうしようもなく人間は自分というものを通してしか他人を理解できないのだろう。
いや、理解したというのは嘘で本などいくら読んでもじつはなにもわからないのだ。
本ばかり読んでいてもなにもわからない。
しかし、どうせすぐに忘れると思いながら本を読むのは楽しい。一文を引く。

「どうも私は人間の悪いほうの現実を信じがちなところがあるようで、
それもまた一種の感傷であるからむずかしいものだと思う」(P166)


一見すると、世間を甘く考え人間のよいほうの現実を信じることが感傷に思われるが、
期待が裏切られたときのことをあらかじめ想定して、
用心深く人間の悪いほうの現実を信じるのもまた感傷なのか、そういうものなのか、
といまこの箇所で立ちどまってどういうことなのだろうと考えている。
いくら本を読んでもわからないことがあるのだと実感する。

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