「心にある癒す力 治る力」

「心にある癒す力 治る力 心理療法の現場から 下巻」(河合隼雄/講談社)

→カウンセリングの親玉、河合隼雄さんと彼のいわゆる子分たちとの対談集。
ものごとはシンプルに考えよう。どうして人は悩むのか? なぜ悩みは生まれるのか?
だれよりも人の悩みを聞いた河合隼雄さんの答えはこうである。

「人生って、ほんとに何が起こるかわからないし、
起こったことを自分のものとするのは大変な作業ですからね」(P149)


一回起こってしまったことは取り返しがつかないから厄介なのである。
予想外のトラブルに見舞われた人に必要なことはなにか?

「根本は、安心できる人がいるということですね」(P46)

だれも頼れる人がいない場合、心理療法家のお世話にならざるをえない。
このとき、いったい心理療法家はどういうことをするのか?
カウンセラーはなにをしているのか? 河合さんはなにもしていないと言う。ただ――。

「こっちも困惑し、ふらふらしているということで、
その人がよくなっていかれるんじゃないかなという気がするんです」(P50)


ありていに言えば、悩みを客観視できるようになるということだと思う。
悩みの正体とまっすぐに向き合えるようになる。
おろおろしてばかりだったのが、なにに悩んでいたかが判明する。
では、いつ心理療法が終了するのか? 箱庭療法も心理療法とおなじだろう。

「とくに箱庭の中に宗教的な体験があると、
自分が神さまや仏さまに見守られているという確信みたいなのができて、
こまごました人間関係のことも全部できるようになってしまうんですね」(P175)


これは偶然に起こってしまった災厄を必然化するということだろう。
その不幸は偶然ではなく、たとえば神さまや仏さまの仕業だと納得して腹に収める。
いままでがそうであったように、
これからもだれかに見守られているから心が揺らぐことはないと一歩か二歩、足を踏み出す。
だれかに見守られているという安心感。
そのだれかが心理療法家というひとりの人間から、神や仏のようなものに変わるのだろう。
ならば、悩める相談者は、
ひとりの人を通して神仏めいたものとの通路を復活させるということか。
個は永遠に通じているというのが(「一即多、多即一」華厳経)、
おそらく人の悩みばかり聞いた河合隼雄さんの希望だったのだと思う。

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