3月4日

ああ、いま「なんでもお宝鑑定団」を見逃したことに気づく。
たしか一休関連のものが出品されるとヤフーテレビ欄で読んだ気がするのだが。
でもさ、なんでお宝を持っている人はそれを数値化(金銭化)したがるのだろう?
どうして自分の目を信じられず評価を権威筋に託してしまうのか?
たとえ偽物でも自分が本物だと死ぬまで思っていたら、それはそれでよいではないか。
最後まで偽物を本物だと信じていたら、偽物が本物になるようなこともあるような気がする。
とはいえ、なんの価値もなさそうなものをお宝だと信じることがいかに難しいか。
偽物を本物に変えるのは「信じる」という行為だと思う。
身もふたもないことを言えば、すべてが偽物と言うこともできなくはないのだ。
偽物を本物にするのは、だれがどれだけそれを本物だと信じているかだと思う。
たとえゴミのようなものでもあなたが信じさえすればそれはあなただけの宝物になる。
その宝物にあなたが救われるようなことがないともかぎらない。

あの番組は何度か見たことがある程度だが、
権威者の価格表示に逆らったものはいないのだろうか。
それはおまえさんたちの目が雲っているんだよと。おまえらはものの価値をわかっていない。
死ぬまで信じたら(たとえインチキだとしても)念仏でも題目でも本物として輝くのである。
だれがなんと言おうがあるものを本物だと信じられる人はさいわいだ。
わたしはそういう人がおられることを人生体験から知っている。
3月4日に思わず応援メッセージを送りたくなってしまうくらいだ。
テレビ番組に話を戻すと、どうしたら自称お宝を本物として認めてもらえるかはかんたんである。
審査する権威者たちに金品でも女体でも名声でもプレゼントすればいいのだ。
いま本物として流通しているもののどのくらいがその手で成り上がったかは知らないけれども。
わからないが、もしかしたら本物と偽物の溝は
「信じる」という行為で容易に飛び越えられるものかもしれない。

COMMENT

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03/05 11:42
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Yonda? URL @
03/05 21:51
通りすがりさんへ. 

わざわざコメントありがとうございます。おっしゃること、もっともだと思います。一面的な意見のところもございました。ご意見を拝読していろいろ考えるところがありました。本物と偽物、むずかしいですね。








 

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