「なぜかあの一休さんが会社員だったら」

「なぜかあの一休さんが会社員だったら」(空野石頭/マイナビ新書)

→冗談半分で一休さんに学ぶというビジネス書を読んでみる。
いかにもビジネス書らしく著者プロフィールが異常なほど長いのがおもしろかった。
一休さんを好むのは著者のような人が多いのだと思う。
一休さんの人生は権威・肩書・資格をずっと否定しつづけたようなものとも言える。
おまえは権威ぶっているが、本当にそんなにおまえさんは偉いのかい?
きみの肩書なんて大笑いだね。そんな資格におれは騙されないよ。
これは常識だと思うが、
こういうことを言うやつほどじつは権威・肩書・資格にこだわっているのである。
一休さんの印可(師匠から認められた悟ったという資格)へのこだわりはひどいものだ。
何度も何度も印可状を破ったり燃やしたりするエピソードが出てくるのだから。
ふつうの神経ならば、一休さんよ、
おまえはどれだけ印可状(資格・肩書・権威)へ執着するんだとあきれてしまうだろう。
一休さんは肩書や資格を誇っている人を見たら、
唾を引っかけたくて仕方なくなる生まれつきの性分だったのだと思う。
最後は資格否定のために天皇の子どもなんだからおれのほうが偉いよ、
と思わず本来なら言ってはいけないこと(本当にしろ嘘にしろ)をぶちまけてしまった。
こんなゲスな男からもビジネスの知恵を学ぼうとする著者の権威好きには恐れ入る。
同類としてとても著者を批判することはできない。とてもいい本でしたよ。
「同病相憐れむ」の精神はたいせつであります。星5つの良書。

本書からお勉強になったビジネスの知恵をメモしておこう。
禅の公案(問題集)と「とんち」は似ているという著者の指摘はおもしろかった。
たしかに公案には「とんち」や「なぞなぞ」のようなところがある。

「とんちを解くカギは、どこにあるのでしょう。
私が思うに、それは「答えよう」と思わないことです。
一休とんち話が、それを教えてくれます。
とんちを解くということは、「問い」に対する「答え」を頭で考えだすのではなく、
「問い」そのものになりきることです。
なりきったうえで「答え」ではなく、
さながら「問い」そのものを相手にそのまま投げ返すような心持ちで、
あちらから来た「問い」とこちらから返す「問い」とを同一化する作業。
考えずに反射的にそれを行うのです」(P205)


答えを考えるよりも問いの間違い探しをするほうがおもしろいのかもしれない。
果たしてそれでビジネスの成果が上がるのかはわからないけれどさ。
でも、プロ野球選手やタレントが
寺でわずか数日坐禅しただけでスランプ脱出することがあるのだから、
問いに答えようとしない態度を身につけることはそれなりに意味があるのだろう。
ビジネス・コーディネーターの著者に有料で相談したら、
どの会社も100%うまくいくというわけではないのだろうけれど。
とはいえ、著者の売りはやはり目に見える資格である。
一休さんは天皇のお子であるという目に見えない資格をフル活用した。
あんがい一休さんも室町時代の商人たち相手に
ビジネス・コーディネーターのようなことをしながら金を稼ぎ、
大酒を飲み、精力をつけるために肉を食らい女を抱いていたのかもしれない。

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