「一休」

「一休」(水上勉/中公文庫)

→谷崎潤一郎賞を受賞した水上勉の評伝文学「一休」を読む。
重厚な書物、もっとはっきり言えばじつに読みにくい本であった。
しかし、これをほめなければ人ではないという迫力を持った、
ある意味で賞ねらいの意図が甚だしい文字通りの意欲作である。
おもしろいかつまらないかを問われたら、
著者や周辺の権威から判断しておもしろいと答えざるをえない。
内輪の話で「読んだほうがいい?」と聞かれたら、読む必要はないと小声で答えると思う。
権威を装いたいのか先行研究者からの引用が多く長ったらしく退屈なのである。

さて、話は飛躍するが、いったい歴史の真実とはなんだろうか?
いまだタイムマシンが発明されていない以上、歴史上の事実はすべて仮説にすぎない。
本当はどうだったかはその場にいたものしかわからないのである。
そのうえ、ある事件を同時期に目撃したものの証言でも同一になることは少ないだろう。
ならば、歴史の真実とはなにか?
人は自分の体験したことを真実と思いたがる傾向がある。
そうは言っても、体験は一瞬で過ぎ去るものゆえ固定したものとは言えまい。
そうだとしたら、もしや真実とは「そうであってほしいこと」ではないだろうか。
自他を問わず「人を喜ばせること」が真実なのではないだろうか。
男女の恋愛なんて本当はないが、恋愛はなくてはならないことなのである。
もしかしたら空海は歴史上存在しなかったかもしれないが、いてくれないと困る。
日蓮は……おっと、日蓮大聖人の話は危険だからやめよう。
親鸞は、もしかしたら親鸞は、人を何人も殺した極悪人だったかもしれないわけだ。
しかし、親鸞は虐げられた庶民を救った慈悲深い偉人でなければならない。
ならば、それが真実だ。いつだって虐げられた庶民は正しく権力者は悪である。
これは大衆が「そうであってほしい」と強く願うから真実なのである。

本書は水上勉が実人生で知った真実を一休の生涯に仮託して物語った文学作品である。
本当か嘘かというありきたりな二分法にとらわれるのなら嘘に分類されると思う。
しかし、なにが真実だ? なにが本当だ?
そう考えるとき真実など存在しないとすれば、水上勉の「一休」もまた真実である。
水上勉は少年時代、禅寺に捨てられた過去を持っている。
そこで先輩の少年僧の手淫を夜ごと手伝わされたという。
書かれてはいないが、あるいは屈辱的な口淫さえしたのかもしれない。
なかには鶏姦されたものも目撃したという。肛門が真っ赤になっていた少年がいたという。
もしかしたら水上少年は被害のみならず加害をしたことがあるのかもしれない。
本当のことを作家は書かないから真相は藪の中である。
しかし、それに近い経験をした水上勉にとっては一休もまたおなじでなければならない。
さらに、である。著者は禅の師弟関係にホモセクシャルを見ている。
これは人によって意見がわかれるところだが、水上勉にとっての真実なのだろう。

繰り返すが、真実とは自分の体験したことであり、
そうであってほしいと心中強く願うことであり、自他を喜ばすことである。
もうひとつ真実がある。権威もまた真実として見なされることが多い。
水上勉は本書で幾度も庶民びいきを装うが、庶民ほど権威に弱いものはないのである。
無知蒙昧な庶民は権威者の発言を真実だと思う。
はっきり言って、
一休の人気の理由など結局は天皇の子だからということしかないのではないか?
権威嫌いの一休自身が権威を利用してうまく立ち回っているところがあるのである。
水上勉は意識的にか無意識的にか一休内部の権威主義に敏感だった。
もう故人だから言えるが、おそらく水上勉も権威主義的な人間だったのだろう。
人によって強弱はあろうが権威に逆らえる人間のほうが少ないからそれでいいのだが。

アンチ権威を装った水上勉は本書「一休」でおもしろいことをやっているのである。
この評伝が強く依拠しているのは磯上清太夫が書いたという「一休和尚行実記」だ。
水上によると大正2年に出された本であるという。
この本にはさらに原本があって、それは元禄2年の刊行物であるらしい。
ネットで調べて知ったが、これらはすべてフィクションなのである。真っ赤な嘘だ。
磯上清太夫なんて人物は存在しないし、「一休和尚行実記」なぞという資料もない。
しかし、評伝文学「一休」はその存在しない資料をもとにして書かれているのである。
正直、作品「一休」はそれほどのものとは思わないが、この仕掛けには感心する。
そういう手があったか、やられた、騙された、一杯喰わされたとニンマリした。
谷崎潤一郎賞を受賞した「一休」発刊後、
一休関連本を出すものはみな水上勉の先行書を参考にするだろう。
そのうちのいくつかを読んだが、みな水上「一休」の嘘には言及していなかった。
さすがに谷崎潤一郎賞作品という権威には逆らえまい。
歴史上のどこかで嘘をうまく混入させえたら嘘が本当になってしまうのである。

どちらかと言えば退屈で冗長な水上勉「一休」のなかで、
もっともおもしろかったのは嘘の部分である。
一休は最晩年に盲目の森女という美女を妻(愛人?)としたことで知られている。
いちおう多数派の定説では、
ある程度財産のあった家出身の巫女(みこ)ではないかとされている。
ところが、水上勉は森女を旅芸人の演歌歌手に仕立てあげてしまうのである。
13、4歳で親から捨てられた盲目の美少女は旅をしながら演歌をうたった。
まるで藤圭子の世界ではないか。とてもいい。
ときには悪い男衆数人に騙され衣服をむかれオモチャにされたこともあっただろう。
食うや食わずの痩身ゆえ少女は男たちのけものめいた淫欲に身を任せるしかなかった。
乞食の美少女は求められたら自慰、口淫、鶏姦、乱交、縄縛、なんでもやった。
ときには好色な年増女の淫欲の餌食になったこともあるだろう。
それは哀しみだけではなかった。性には哀しみだけではなく悦びもあった。
慰み者の少女はおのれの味わった哀歓を演歌に託してうたいあげたのである。
村から捨てられた被差別民以下の存在価値しかなかった美少女は、
数知れぬほど多くの男を知り、生きていることの悲喜を歌に込めて人を泣かせ、
いつしか旅回りではあるが食っていけるくらいの人気歌手になった。
そこを天皇の血筋を持つという一休宗純に見初められたのである。
あるとき寝物語に森女は一休和尚にむかしこんなことがあったと語ったという。
これは真実である。
なぜならば磯上清太夫の「一休和尚行実記」にそう書いてあるからだ。
以下は疑似古文のため読みにくいでしょう。お読みにならなくて結構です。
どうか読み飛ばしてください。
が、ここは水上勉がいちばん書きたかったことだろうから書き写さざるをえない。
あるとき森女が一休和尚に語っていうには――。
[カッコ]内の記述は引用者の意味補充です。

「まだはたち[二十歳]をすぎてまもなきころ、大江の山をこえいくのの里すぎて、
おまちの村のだいじん[金持]にまねかれ、ざしきにて艶歌、説経節などうたひて、
一夜のやどりを許され床にふしたるに、
夜半に音のしてふすましづかにあけ入りくる人のけはひなれば、息ひそめてありしに、
人のよりそひて伽(とぎ)せよ[セックスしよう]とささやかるるをきけば、
くだんのだいじんなり。はじめてのことにもあらねば、
森[女]もからだもえ[発情して]、
胸こがるるをいつはれず[偽れず]なさるままにてありしが、
ふと耳元にささやかるるこゑ[声]の、
この世の人ともおもはれぬ、おそろしきひびきのこもりて、
われに財宝あり、おまちだいじんと人によばれてあれど、
口さけ耳鼻ひらき眼はきりさけて顔のみにくければ、
口さがなき村むすめにきらはれ、いまだに女しらずにてありければ、
こよひ[今宵]ははれて思ひをとげたるなり。
めくら女(め)よ、なれ[おまえ]はわれには彌陀仏なりとかきくどきたまふ。
森[女]は十とせ[十歳]をすぎてまもなくいねをいでて、
明かぬ眼やみのうきまくら、津母(つも)の入江やなりはひの、
はしだてもなき宿々で、えみえぬ[見ることのできない]男の肌にふれ、
夜な夜ななみだにかきくれてありしも、
げにいまだいじんのいはるる[言われる]ことの不思議なれ。
われはめくらゆゑ、
口さけ眼のきりさけ耳鼻ひらきたる人なりとも知るすべなし」(P423)


読書家には難なく読める文章だが、
このブログはもしかしたら中学生や高校生が読んでいるかもしれないので、
あえて無粋な意味の補充をしてしまいました。
要するに、盲目のものほど真実が見えるということを言っているのである。
われわれは人を見かけの美醜、見かけの貧富、見かけの善悪で判断してしまう。
たとえば皇族の血を引いていると聞くと、その人を偉いと思ってしまう。
しかし、目が見えない森女は、
われわれの見えぬ真如(あるがままの真実の姿、永久不変の真理)を見ることができる。
親から捨てられた美しき盲目の少女である森女は、
相手の貴賤にとらわれず、けものめいた男たちに未成熟な裸体を与えたことだろう。
盲目の少女はおのれの美しささえ知らないのである。
たぶんに男の勝手な論理ではあるが、こういう女人こそ阿弥陀仏なのである。
水上勉は評伝「一休」でおのれの理想を森女に託したわけだ。
真実は史書や資料に求めるのではなく、人間の熱い思いにこそ真実は宿る。
こう考えたとき文学作品「一休」には、
学者ごときには断じて到達できぬ真実が描かれていると言えよう。
本当のことよりも嘘のなかに真実がある。嘘こそ真実だ。嘘バンザイ。みんな嘘だ。
どうやらこれは一休宗純の考えでもあるようだから、
その意味でも水上勉の谷崎潤一郎賞受賞作品「一休」は正しいとわたしは思う。

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01/11 10:27
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