「人生の価値それとも無価値」

「人生の価値それとも無価値」(ひろさちや/講談社)

→宗教評論家のひろさちや先生もむかし騒音恐怖症だったのである。
なんで知っているのかというときっかけが騒音恐怖症だったからだ。
8年まえ本当に騒音恐怖症に悩んでおり、
どうにかならないかと氏の般若心経解説本に手を出したのがひろさちやとの出会いだった。
その本で、ああ、ひろさんも騒音恐怖症だったのかと親近感が増したものである。
ここに治った人がいるとだいぶ慰められた記憶がある。
意外と知られていないが、ひろ氏と哲学者の中島義道氏の主張は似ている。
どちらの著作もかなりの毒を持っているのである。
どうしようもなく病んでいるときは両者の毒が薬となって効くのだろう。
ところが、薬とはいえ元来は毒だから、病気が治っても服薬するのはよくない。
最近、ひろさちやという麻薬の副作用に悩まされているようなところがある。
人生はデタラメなんだからあきらめていい加減に生きようなどと思うのは、
さすがにまだ四十にもならぬ身にはよくないのではないだろうか。

ひろさんはめったにプライベートを書かないが、
本書で知ったこのエピソードのモデルはだれだろう。
むかしひろ氏はある大学教授から「自分の子どもはかわいいか?」と聞かれた。
「ええ、かわいいですね」と答えたら師にそれではいけないと否定されたという。
「それじゃあ駄目だよ。それだと、立派な学者にはなれんよ」
子どもにかまけている暇があればもっと勉強しろというわけだ。
ひろさんは師の忠告を聞かなかったから自分は立派な学者になれなかったと自嘲している。
この師の大学教授とは、だれだろうか?
ひろさんの指導教授、インド哲学、仏教学の天皇陛下、中村元としか思えないのだが。
ひろさんは直後に、
立身出世した人の家庭は幸せではない場合が多いと意味深な指摘をしている。
立身出世するためには家庭を犠牲にしなければならないからというのが理由だ。
もしかしたらこれは中村元への当てつけなのだろうか?
中村元の家庭はもしかしたらめちゃくちゃだったのかもしれない。
運やツキというのは、どこでどう上昇したり落下したりするのかわからない。
立派な学者にはなれなかったが、庶民に大人気のライターひろさちや氏によると――。

「たとえば、ツキというものがあります。
勝負事などで幸運に恵まれるのをツキと言います。
あるいは運でもいいのです。
このツキや運というものは、存在を証明できるものではありません。
信じるものです。ツキがあると信じていれば、実際ツキがある場合が多いですね。
信じない人には、そんなものはないのです」(P201)


やたら手下が多そうな受賞歴多数(紫綬褒章、文化勲章、勲一等瑞宝章)の中村元と、
受賞歴こそないが講演会はいつも満員のひろ先生は、どちらがツキを持っていたのだろう。

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