「狂雲集」

「狂雲集」(一休宗純/柳田聖山訳/中公クラシックス)

→一休宗純は庶民のヒーロー一休さんとして知られる室町時代の臨済宗の禅僧。
一休さんにはかわいいイメージがあるかもしれないが、
一休宗純の実像はそうとうにヤバい人のようだ。あれな人だったわけである。
差別用語を避けるためにカタカナを用いるならばクレイジーな人というのか。
まじもんの人。マジキチなんて言葉を使っていいのかわからないけれど。
明らかに一線を越えてしまった人なのである。
もちろん、当時は精神科医なんて存在しなかったから病院に収容されることはない。
というか、現代の新興宗教のトップも精神医学的に見たら問題ありでしょう?
それに考えてみたら「殺人OK」の親鸞も「自殺OK」の一遍も、
さらには「念仏者はぶっ殺せ」の日蓮大聖人さまもどこかあたまがおかしいわけである。
むかしから新興宗教の偉い人というのはどこかが狂っているわけだ。
とくに室町時代に流行した禅なんてもんは、
もともと矛盾を抱え込んだ二律背反のいかれた世界である。
だって、禅では悟りは言葉にならないと言いながら、禅語録なんてもんがあるわけだから。
一休禅師だってこうして「狂雲集」として大量の漢詩を残している。

そもそも禅僧というのも矛盾した存在で、
外見上は悟ろうとしながら本心では大半が結局のところ上司に認められて偉くなりたい。
たぶん一休宗純は本当のことを言う人だったのである。
ふつうの人はうまく使い分けている裏と表をいっさい隠さなかったのが一休だ。
坊さんはほとんどみんな表では修行して裏では女を買ったり酒を飲んだりしていたのだが、
一休宗純は堂々と大酒を飲み女と遊び、それどころか美少年を犯しもしたのである。
通常なら表では先輩におべっかを使い、悪口は裏で言うものだが、
一休はおキチだったから出世した先輩の誹謗中傷を公然とやらかしたわけである。
一休からは蓮如や日蓮よりもはるかに食わせ者の悪臭がただよってくるのでおもしろい。
蓮如や日蓮の大言壮語、ハッタリよりも一休のそれは危なっかしいと言えよう。
こいつ、あたま大丈夫か? おい、それを言っていいのか?
とこちらが心配してしまうほど一休宗純は狂っているのである。
一休は、自分は本当のことしか言わないと誇っているようなところがある。
しかし、本当のことばかり言うやつは迷惑なのである。
みんな上手に嘘を用いて世渡りしているときに本当のことしか言わないやつは迷惑だ。
そのうえ、いくら一休でも食っていくために多少は嘘をつかざるをえない。
そこを指摘されたら今度は、自分は嘘しか言わないと周囲を煙に巻くのが一休である。
本当のことしか言わないのも、嘘しか言わないことも浮世の世界では不可能だ。
にもかかわらず、あえて「みんな本当」「みんな嘘」に一休はこだわりつづける。

「おれはそこらの坊主とは違うよ」と一休宗純は言いたかったのだろう。
だから、坊さんにもかかわらず飲酒、女犯、男色をしていることを大っぴらに公開する。
庶民も最初は「あのお坊さんは……」とヒソヒソ話に花が咲いたことだろう。
しだいにあまりにマジキチなので、このお坊さんは偉いのではと騙されるようになった。
たぶん一休の実体は「全聾の天才作曲家」佐村河内守氏のようなものだったと思う。
だが、一休宗純の場合、死ぬまでインチキがばれなかったから伝説になったのだろう。
われわれ庶民は根っこのところでいかがわしいやつ、うさんくさいやつが好きなのである。
「おれは本当のことしか言わない」なんてふんぞり返っている坊主はおもしろいのだ。
好き嫌いはわかれるだろうが、江原啓之も細木数子も視聴率を稼ぐタレントだった。
おなじように一休宗純も聖人君子から程遠いあれな人だったから人気が出たのだと思う。
とはいえ、一休が本当の狂人だったかは疑わしいのではないか。
あからさまにあざとく狂気を演出しているようなところもまた見られるからである。
そうそう、一休宗純は天皇の子だという噂がある。
いちおういまの宮内庁は認めているけれども、実際はどうだか怪しいと思っている。
一休自身がこっそり流したデマではないかという疑惑をぬぐいきれない。
精神医学的には血統妄想というのだが、自分は天皇の子だと思い込む精神病患者がいる。
一休宗純はそれではなかったのかとも思うのである。
もし一休が血統妄想を持っていたとしたら本物の狂人ということになろう。
とはいえ、自らを「狂雲」と名づけるこの禅僧の詐病ということも考えられる。
狂人は単一的でつまらないが、自称狂人はなにやらインチキくさくておもしろい。
おそらく、一休さんの人気の理由はこのあたりにあるのではないかと思われる。

じつのところ一休宗純の実像は学問的にはよくわかっていないのである。
伝説はたくさんあるけれども、あれらは江戸時代の創作とのこと。
著作もほとんど残存しておらず、「狂雲集」「自戒集」「骸骨」くらいだ。
このうちでもっとも一休宗純自身が書いたと思しきものが漢詩集の「狂雲集」である。
いまの子は学校で漢文をやらないのかもしれないが、「狂雲集」は七言絶句の漢詩文だ。
「百聞は一見に如かず」だから実際に七言絶句の漢詩文をご紹介したい。

風狂々客起狂風
来往婬坊酒肆中
具眼衲僧誰一拶
画南画北画西東


まあ、わけがわかんないでしょう?
当時のインテリといえば僧侶で、坊さんはインテリぶって漢文(中国語)で詩を創作した。
いまもインテリぶりたいものほど外来語をカタカナそのままで使いたがるのとおなじである。
明らかにハッタリなのだが、室町時代の坊さん連中は権威にとらわれ、
わざわざ日本語ではなく(留学経験もないくせに)中国語でポエムを作ったわけだ。
現代にたとえるならば英語で詩を作って悦に入っていたようなものである。
よく知らないけれど、
いまの流行歌の歌詞にもやたら英語が入っているから日本人は変わらないのかもしれない。
さて、食わせ者でハッタリ屋、見栄坊の一休宗純の七言律詩に訓読を入れるとどうなるか。

風狂の狂客、狂風を起こす、来往す、婬坊、酒肆の中。
具眼の衲僧、誰か一拶、南を画し北を画し、西東を画す。


最初から日本語で書けとも思うが、当時は漢文で書くのが格好よかったのだから仕方がない。
中二病のおっさんが駅前でドリームとかラブとかハッピーとか騒いでいるようなもんだ。
話を戻して、一休宗純の漢詩文を現代日本語に訳すとどうなるか。
このたび一休関連本をたくさん読んだが、訳はどれも異なっているのである。
人によってがらりと詩の意味が変わってしまうのだ。
そもそも室町時代当時の漢文を正確に読める人なんていまの日本にはいないと思う。
室町時代の漢文は、いまで言うならば和製英語(インチキ英語)みたいなものゆえ。
いちおうのところ本書の訳者である柳田聖山氏はこの世界の権威のようだ。
ところが、柳田氏がもう故人だから書いてしまうと、本書の訳はよくわからないものが多い。
博識自慢をしたいのか、やたら訳注をつけているのもたいそう読みにくかった。
おそらく柳田聖山氏は一休よりも自分の博識博学のほうを深く愛したのだろう。
イカサマ師の一休宗純への屈折愛ならばこちらもけっこうなものである。
正しいかどうかはともかくとして(ほとんど間違えだろう)、
この記事で紹介する一休の詩の訳はすべてわたしがつけてしまうことにする。
そもそもの一休さんからしてかなり怪しいあれな人だったのだから、
かえってインチキ訳のほうが相乗効果でおもしろくなるのではないかと思う。

(おれはキチガイ、クルクルパーで飲み屋やフーゾクを席巻している。
かかってこいよマジメな坊さん、ハハハ、おれさまを捕まえられるかな)
風狂の狂客、狂風を起こす、来往す、婬坊、酒肆の中。
具眼の衲僧、誰か一拶、南を画し北を画し、西東を画す。


通常ならば原文を先に出し、訳は後から出すべきなのだろうが、
どのみち原文は意味がわからないだろうから読者さまの便宜を考えまず訳を出す。
しばらく一休の「狂雲集」ワールドにお付き合いください。
以下、一部原文そのままに変換できない箇所は現代漢字あるいはカタカナで代用します。

(お経なんざケツを拭く紙、なーにが竜宮に隠されていたお経だ嘘八百が。
禅の経典「碧岩集」だってきれいなお月さんにゃかないやしない)
経巻は元より不浄を除く紙、竜宮、海蔵、言詮を弄す。
看よ看よ、百則の碧岩集、狼藉たり乳峰、風月の前。


一休さんはことさら法華経を嫌っていたようだ。
一方で浄土教には親しみを感じているというような内容の漢詩文がある。
どうでもいいわたしの話をすると、むかしは法華経を嫌いだったが、
いまはあのお経特有のインチキくささを愛している。
一休はインチキだから法華経に同族嫌悪のようなものを感じてしまったのだろう。
一般に詐欺師ほど詐欺師を見破るのがうまいということが言えるのではないか。
一休が指摘する法華経のインチキは、登場する仏がひんぱんに父親ぶるところだ。
おまえなんか父親じゃないだろうと室町時代に一休は法華経の嘘を見破っているのである。

(一字不説も不立文字も嘘、大乗仏典も嘘。
法華経の父子関係なんてインチキくさすぎやしないか)
一字不説、道(い)うことを信ぜず、大蔵経巻、已(すで)に落草。
オウワ、元来、戴流(せつる)の機、怪しき哉、父は小にして子は老なる。


(とにかく最上の修行である座禅をしよう、果たして如来なんて存在するのか。
たしかに法華経の言うよう三界は火宅のごとしだが、救いの車なんて待ってないぞ)
須く参ずべし、最上乗の禅、等妙の如来、豈に自然ならん。
三界無安、猶お火宅のごとし、三車、門前に在ることを識らず。


一休にかかれば法華経どころか釈迦も大した存在ではなくなってしまう。
37歳で死んだものを火葬してのちに作った詩。

(釈迦も弥勒も長い過去世では牛や馬だ、春の風になにを悩むことがあるか。
6かける6は、ええい、37だ、鐘の音が聞こえてくることよ)
弥勒、釈迦、也(また)馬牛、春風に脳乱して、卒(つい)に何ぞ休せん。
六六元来、三十七、一声の念讃、鐘楼より起る。


(悟りなど存在せず、なにもかもどうでもよいのは前世も来世もおなじ。
本物か偽物かは仏もわからぬ、仏と悪魔は紙一重と言うではないか)
悟徹を失脚して、総て閑事、去劫、来劫、又た此(かく)の如し。
金鍮正邪、仏も分ち難し、聞説(ききなら)く仏魔、一紙を隔つと。


一休はおのれのうちにひそむ悪魔をはっきり自覚している。
一休宗純は悪魔の坊さんなのである。一休の魅力は悪魔のそれである。

(髭をなでながら風の音から空模様まで興に任せて詩にする喜びよ。
外の悪魔、内の悪魔を言葉に表現するおれの住処は燃え盛る地獄さ)
風音、気象、頌と詩を兼ね、興に乗ずる邪慢、吟じて髭を捻(ひね)る。
悪魔、内外、我が筆に託す、猛火獄中、出期無し。


一休は悪魔だから言ってはならない本当のことを言ってしまう。

(どれだけ悟り澄ました顔をしたって、人間なんざ金だよ。
詩も禅も風流心も、秋の物思いも春の愁いも色恋もみんな金さ)
売弄して深く蔵す、貪欲の心、心中密々も、黄金を求む。
詩情、禅味、風流の誉れ、秋思、春愁、雲雨の吟。


いくら天皇の血筋という噂があるからといって坊さんがこれを言っていいのだろうか。
タイトルは「迷悟(迷いと悟り)」である。

(わが心は始めも終わりもなく、成仏などしないのが心の正体だ。
心が成仏するなんていうのは仏の嘘八百、われわれの心は迷っているものだ)
無始無終、我が一心、不成仏の性、本来の心。
本来成仏、仏の妄語、衆生本来、迷道の心。


本当のことしか言わない一休は禅のインチキぶりについて鋭い指摘をしている。
これはだれもが薄々気づいているだろうが、まさか禅僧には直接言えないことだ。
それを悪魔の禅僧、一休宗純はやすやすと言い放ってしまうのである。
どういうことか。
大乗仏教は自利のみならず利他(他人を利する)がなければならない。
しかし、禅など要は自分を救いたい、偉くなりたいというだけではないか。
そんなもんが本当の仏教であるものか。

(中国から伝わってきている禅はインチキだ、ちっとも人を救わないではないか。
本当の真実の仏教は、春が来たら草花が咲き乱れること、なんのために咲くかにある)
祖師禅は是れ如来にあらず、接物利生、尤(もっと)も苦なる哉。
明歴々、金剛の正体、百花春到って、誰が為めにか開く。


悪魔がとりついた狂僧の一休は、
あたかも自分は本当のことしか言わないと主張しているようである。
とはいえ、「自分は本当のことしか言ったことがない」に丸をしたらその人は嘘つきだ。
一休は嘘も嘘、嘘八百の法螺話こそ本当であることも知っていた。
本当っぽい高僧は偽物だが、嘘つきのインチキ坊主は本物なのである。
あらゆる権威を嫌った一休にも晩年はたくさん弟子がついていたらしい。
以下は一休宗純が病気のときに作った詩である。

(うっかり弟子を指導してきたが、十年もの間、教えたのは嘘ばかりのインチキ。
この寺からインチキ坊主を追い出そうとしたら、ハハハ、自分の背中が痛いわい)
錯来(あやま)って衆を領ず、十年余、実語は知らず、多くは是れ虚。
乃ち邪法の輩を破除せんと欲す、夜来、背に欲す、范増(はんぞう)が疽。


一休宗純には天敵がいた。14歳年上の兄弟子の養叟(ようそう)である。
禅の世界における出世は、師匠から印可(悟った証拠)をもらうことである。
権威嫌いの一休は師匠の華叟(かそう)からもらった印可証を破り捨ててしまった。
一方の兄弟子、養叟はおなじ師匠からもらった印可証を後生大事にかかげて、
うまうまと「叟」の字を継承するのみならず後継者の位置についてしまった。
おそらく、一休には養叟のような実務能力はなかったと思う。
さすがに印可証を破り捨てるような破戒僧を組織のトップにはできないだろう。
みんな陰ではしていても、おおやけに酒を飲み女を抱く一休は世間体が悪い。
どう考えても裏表をうまく使い分けることのできる養叟のほうが後継者には適役である。
禅僧だって食っていかなければならないわけである。
このため養叟は、お金を取って印可証を販売するようなこともした。
公案(禅の問題集)の模範解答例を金を取って教えるようなことさえした。
たしかに汚いことかもしれないが、それをしないと大勢の弟子が食っていけないのである。
養叟は世の中の酸いも甘いもかみわけた大人の実務者であった。
ところが、一休は養叟のやり方が気に食わないから公然と兄弟子を批判したわけである。
養叟は悪業の報いでハンセン病にかかったという悪質なデマを流している。
これに兄弟子はどう対応したか。大人の養叟はガキの一休を相手にしなかったのである。
一休の主張するきれいごとにいっさい反論せず養叟は大人の態度を貫いた。
それどころか自分を批判する一休のために寺を世話してやるのだから養叟は人格者である。
大人げない一休は養叟の親切を邪険に振り払う。
兄弟子の養叟が親切心から世話してくれた如意庵をわずか10日で引き払うのだから。
そのとき作った詩が残っている。

(寺なんぞ10日で飽き飽き、おれの娑婆っ気は強すぎるぜ。
後日、養叟和尚がいらしてどこに行ったのかと聞かれたら、
魚屋か酒場、あるいはきれいなオネーチャンのところと答えておくれ)
住庵十日、意忙々、脚下の紅糸線、甚だ長し。
他日、君来って、如(も)し我を問わば、魚行、酒肆(しゅし)、又た婬坊。


のちに実務家としての能力を評価された養叟が天皇から勲章をいただく。
ふつうこういうときは嫉妬を隠すものだろう?
ライバルが出世したら見て見ぬふりをするものだ。
しかし、あまりにも人間くさい一休宗純は嫉妬丸出しの詩を作るのである。

(勲章をもらったそうだが財布は大丈夫か? いくらだ? いくらした?
養叟の正体はインチキ坊主、それも盗っ人根性猛々しいやつだ)
紫衣師号、家の貧を奈(いか)ん、綾紙の青銅、三百ミン。
大用現前、贋長老、看来れば、真箇、普州の人。


一休宗純はおのれの品性を疑われるような詩を平気で作っているわけだ。
紫綬褒章をもらって喜んでいる同僚作家を、あいつはインチキだと嘲弄するようなもの。
そのうえで、さらに一休がおもしろいのは自棄酒を飲みながら自虐するところだ。

(みんなあっちの寺に行きやがる、偉いやつがそんなにいいかね?
おれんとこにゃだれも来ないから、ひとりで酒でも飲んで歌うとするか)
人多く大灯の門に入得(にっとく)す、這裡(しゃり)、誰か師席の尊を捐つる。
淡飯粗茶、我に客無し、酔歌、独り倒す、濁ロウの樽。


どうしようもないやつであることを隠さないのが真の禅師なのだろうか?
一休はライバルの出世に嫉妬して自棄酒を飲みながら自己憐憫にひたる男であった。
さて、女関連はどうだったのか。商売女を抱くことは若いころから好んでいたという。
一休で有名なエピソードは盲目の演歌歌手、森女(しんじょ)である。
一休宗純は77歳のときに、美しき瞽女(ごぜ)の森女と出会い囲っている。
森女をフィクション扱いするものもいるが、
実在したとしたら年齢は30そこそこだったと言われている。
美しき女と相思相愛の関係になった喜びを一休宗純は「狂雲集」に高らかに歌い上げている。
本当かどうかわからないが80近い一休宗純はあっちがまだ現役だったらしい。
視覚障害者を大股開きにして口淫する悦楽を一休老人は作品にしている。
タイトルは「美人の婬水(いんすい)を吸う」である。

(いいか? おれの舌は気持いいか? 声に出せよ。次の世でも一緒だぞ。
おれは畜生道に堕落したから、畜生になりきってやる、今日からアニマル一休だ)
蜜に啓し自ら慚(は)ず、私語の盟、風流、吟じ罷(や)んで、三生を約す。
生身堕在す、畜生道、イ山戴角の情を超越す。


一休によると森女の手コキがこれまたよかったという。
いったいこんな記録を残して一休はなにがしたかったのだろう?

(自分でやるよりきみの手でやってもらったほうがいい、きみは女神だよ。
ムラムラきたら天皇の血を引くおれさまのイチモツを盲目のきみが慰めるんだ)
我が手、森手に何似(いかん)、自ら信ず、公は風流の主なるを。
発病、玉茎(ぎょくけい)の萌ゆるを治(じ)す、且(しば)らく喜ぶ、我が会裡の衆。


盲目の森女は一休のどこに惚れたのかきちんと記録に残っている。
視覚障害者の森女は、
一休が天皇の落胤(隠し子)であるという噂を聞きつけ好きになったという。
あれほど権威が嫌いだった一休だが最晩年は見事なまでに出世しているのがおかしい。
81歳で一休は大徳寺の住持になっているから大出世と言えよう。
なにやら一休は天皇の落胤(らくいん)という噂をじつにうまいこと利用して、
自由気ままな快楽人生を最後まで破綻することなく渡りきった食わせ者くさいのである。
もし一休宗純が天皇の血筋ではないことがばれていたら、
とてもあのように自由に言いたい放題では生きられなかったのではないか。
いまや真相は闇の中だから一休は歴史上、偉人として君臨しつづける。
あらゆる権威という権威を否定した一休が唯一礼賛していた権威がある。
それは皇室という権威で「狂雲集」にも天皇家を称賛する作品がいくつもある。
「狂雲集」から読み取れる一休宗純は限りなく偽物くさいと言えよう。
にもかかわらず、ではなく、だから一休さんは本物だったような気がする。
本物くさいやつというのはたいがい偽物なのだから。
本当とはなにか? 最後まで嘘だとばれなかったことが本当になるのである。
だとしたら、最後まで風狂を演じきった快楽的愉快犯でペテン師の一休は本物だと思う。
勲章(印可証)への異常なこだわり(破り捨てるのはコンプレックスの裏返しゆえ)、
俗っぽい自己愛と自己喧伝、激しい嫉妬心と攻撃性――。
まるで池田大作さんを思わせるような一休宗純がわたしは嫌いではない。

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