「衣食足りて」

「衣食足りて」(山口瞳/河出書房新社)

→石原慎太郎が嫌いに嫌っている山口瞳(男性作家)のエッセイ集を読む。
山口瞳は直木賞作家で小説家だが、酒、旅、競馬のエッセイもよく書いた。
「もてない男」の小谷野敦さん(この愛煙家も酒飲みの山口瞳が大嫌いらしい)が
著書「評論家入門」でどうしたらエッセイストになれるのかという疑問を提出していた。
これはまったく本当にそうだと思う(エッセイストになりたい!)。
なにかの分野の専門家のくずれたものが一般的にエッセイを依頼されているようだ。
ならば、原稿依頼をされなければエッセイストにはなれないということだ。
いったいどうしたら編集者さんから原稿を依頼してもらえるのか?
人づきあいをうまくやるしかないという結論にいたろう。
人間関係構築能力が高いものほど山口瞳のようなエッセイストに近づくことができる。
山口瞳のじつにエッセイストらしい人間観はこうである。

「ある人を評価するには、その人の友人が誰であるかを見ればよい、
と私は確信しています」(P19)


原稿を依頼してほしかったら編集者さんや、
彼(女)が尊敬する作家さんに気に入ってもらうしか方法はないのである。
編集者さんや有名作家さんの友人になれればいちばんいい。
人づきあいがうまかったエッセイストの山口瞳は、
本書によると友情とは利害関係であるという信念を持っているとのことである。
人間関係とはなにか? 友人関係とはなにか?

「この人と交際したら得だと思ったらつきあえばいい。
少なくともそのほうが長続きしますよ」(P167)


ある時期から山口瞳は権力者になったから、お近づきを求めてくる人が増えたそうだ。
お中元にはよけいなものが山ほど自宅に送りつけられて迷惑したという。
とはいえ、それは仕方がないのだ。
権力者の山口瞳に気に入られたらそれだけいい思いができるのだから。
そうはいっても石原慎太郎が大嫌いな山口瞳からひいきにしてもらうのは大変だったようだ。
山口瞳のように友情=利害関係と思ってしまうと人間嫌いにならざるをえない。
人間嫌いの権力者は手下のものにまこと厳しいのでぞくぞく震えがきた。
石原慎太郎が山口瞳を憎んでいた理由もなんとなくわかるような気がする。
もうとっくに死んでいていまはなんの権力もない山口瞳は独裁者気質だったようである。
人間操作術に長けたエッセイストはこのような自己分析をしている。

「私の一番悪いところは、これは人にも言われ、
自分でも何度か書いたりもしているのだが、次のようなことである。
仕事の面で評価できる人と交際するようになると、
私はその人に肩入れをしたり、いれあげたり、ヒイキにしたりする。
しかし、交際が深まるにつれて、相手が狎(な)れてきて、
それが度を超すようになると、急に冷たくなって、あっさりと捨てるようになる。
これがイケナイと言われる」(P137)


まるでワンマンオーナー社長である。
山口瞳存命時のみならずいまでも出版業界で出世したかったら
編集者さんや作家さん、有名人さんにひいきにしてもらう以外の道はそうないのである。
しかし、あの業界にはおそらく山口瞳のような人がわんさかいるから楽ではないのだろう。
ちょっとでも気を許してなれなれしくしたら、すぐに切り捨てられてしまう世界だと思う。
権力者からひいきにされたかったら、たとえば――。
ある作家のトークイベントに北海道から上京してくるくらいの忠誠心が必要なようだ。
のみならず、わざわざ北海道から来たと表明し恩を着せなければならない。
いま出版業界で出世している先生方はやはりそれだけの努力をしているのだと思う。
山口瞳いわく、友情は利害関係にすぎない。
だとしたら、極めて少数ながらも
利害関係からはみ出た人間関係を持つわたしは果報者なのだろう。
おそらく、友人(利害関係)がたくさんいた山口瞳よりもこの記事の書き手は恵まれている。
死者に鞭打つようだが、へたをすると山口瞳はひとりも友人がいなかったのではないか?
言い換えたら、そういう孤独を引き受けなければ山口瞳のような成功者にはなれない。
嘘つきの河合隼雄さんではないが、まったく「ふたつよいことさてないものよ」である。

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