「時は立ちどまらない」

2月22日、山田太一ドラマ「時は立ちどまらない」を視聴する。
日を分けて2回観たが、これは感想を書けないドラマだと思う。
どういうことか。原爆ドラマ、障害者ドラマ、白血病(難病)ドラマは危険物だということ。
うっかりした感想を書いてしまうと書き手がとんでもないひどい人間のように思われてしまう。
どこか違和感をおぼえても、それはなかなかおおやけにはできない。
よくわからないが、もしかしたらの話をしよう。
もしかしたらさ、津波で家族3人のみならず、
家屋、財産、商売道具、なにもかも失った被災者のほうが幸福かもしれない。
これほど不幸な被災者がいったいだれより幸福だというのかと怒鳴られてしまうのか?
答えは、夫も五体満足の子どももいるが、しかし、にもかかわらず孤独な主婦である。
考えようによっては、そうとも言えなくはないのではないか。
なんとなく大学を卒業して就職した先でいまの夫と結婚して子どもを産んだ専業主婦。
人からはいいご身分ねと言われそうな環境だが、
本当は彼女は被災者よりも不幸かもしれない。
家族を何人も津波で亡くした被災者よりも、
かの平安な専業主婦の孤独のほうが深いかもしれないわけだ。
山田太一は泣き叫ぶ被災者を描く大作家ではなく、たとえば平凡な主婦の
ありきたりな日常の細かな悲喜の味を巧みに描写するライターだと思っている。

新聞を取っていないので詳細は知らないが、山田太一さんはよく朝日新聞に登場するらしい。
そういういわば朝日論客のひとりとして、
震災をテレビドラマでも扱わなければならないと思ったのだろうか。
批判を恐れず不謹慎なことを書くと、新聞を読まずテレビニュースさえ見ない当方にとって
東日本大震災はいうなれば「対岸の火事」のようなものであった。
一方どうやらマスメディアの中心にいる人は、ものごとを日本単位で考える傾向にあるようだ。
山田太一さんは基本的に私を単位としてものごとを考えている人のように思える。
しかし、震災以後、マスメディアから発言を求められることも多かったのだろう。
テレビドラマは震災になにをできるか、というようなことをおそらく考え始めてしまった。
震災や津波のドラマは、日本への説教が大好きな東大卒の倉本聰先生が
お書きになったほうがよかったのかもしれない。
もちろん、「時は立ちどまらない」にも(よく観ないと気づかないが)、
山田太一作ならではのよさもふんだんにあったのだけれど。

震災や津波にはテレビドラマがまだ立ち入ってはいけなかったようにも思う。
立ち入らないこともまた優しさであり思いやりだ。
一般的に手を貸してやるのが優しさだと思われているが、立ち入らない思いやりもあろう。
むろん、山田太一さんがそんなことをご存じないわけがない。
勝手な推測だが、ニュース報道やドキュメンタリーだけには任せておけないと思ったのだろう。
テレビドラマでしか描けない本当のことがあるはずだ。
しかし、テレビニュースや新聞で報道されない本当のことは、
いまや(山田太一先生はご覧にならないらしい)ネットに公開されていることが多い。
「時は立ちどまらない」における多少不謹慎なセリフも、ネットでは大して意味を持たない。
山田太一老人が見ようとしないらしいネットには、
真偽こそあやふやだがまこと刺激的な本当のことで埋め尽くされている。
震災や津波でひと山当てたものがいたとか。
パチンコ依存症になっているものが多いというのもテレビでは流せない。
あんな震災なんぞに遭ったら酒びたりになるのが当然ではないかと個人的には思うが、
多数派から支持されなければならぬテレビのドラマではそこまで踏み込んだ描写はできない。
細部で描写しようとしていたことは2回視聴してわかった。
よくできたドラマであったと思う。
このドラマは(匿名ではない)公的視聴者からは賞賛しかされないのではないか。
それはなにも山田さんがとても広くて浅いシンパをお持ちだからというわけではなく、
ドラマを批判したら被災者になにやら申し訳なくなってしまうためだろう。
セリフを追いながら、このドラマのよくできたトラップ(罠)を見ていこう。
まず震災や津波は不公平であるという歴然たる事実が露呈する。
どうしておなじ地域(日本)にいても、無事だったものとそうではないものがいるのか。
ここで無事だった中井貴一はいう。

「自分の無事が後ろめたい」

このセリフがドラマ視聴者を裁く第一刃である。
みなさん、あの震災や津波が起きたときに後ろめたさを感じましたよね?
自分たちが無事であったことを後ろめたく思うのが上質な人間ではないか?
まっとうな人間ならばおのれの無事を後ろめたく思いますよね?
非国民以外は――。
信用金庫支店長の中井貴一は被災者の顧客から囲まれ罵声を浴びせられる。

「津波に遭わないもんにゃわからんよ」

震災や津波に後ろめたさを感じた善良なるあなたはこういわれたらどうだ?
自分の無事が後ろめたくいろいろ親切にしていた被災者から、
「津波に遭わないもんにゃわからんよ」と言われたら腹が立たないか?
中井貴一はテレビではいってはならないセリフを早口でいい放つ。
テレビではいってはいけないが、ドラマでならば可能だと山田太一が判断したセリフだ。

「津波でなんでもなかったのは俺のせいじゃない」
「津波に遭ったと聞けば、だれにでも優しくしなきゃならないのか?」
「そうそう人の身になれるか!」


信用金庫支店長の妻は賢くも慌てて夫のいってはならぬ本音を打ち消す。
こういうゲスな庶民の打算的な処世術めいたセリフが山田太一ドラマらしくとてもいい。
妻は支店長の中井貴一にいう。

「あなた、そんなことを外へ出ていったら一生終わるよ。
信用金庫の支店長がそんなことをいったら終わるよ」


おおやけにはいえない言葉をみな持っているのである。
そういう本音は本当のことだけにテレビや新聞の報道ではなかなか登場してこない。
このため、脚本家はこのドラマを世に問いたかったのだろう。
むろん、山田太一さんのご覧にならない(らしい)ネットでは
当たり前のようにほとんど常識として流通している本音だが、
テレビや新聞、被災地の信用金庫ではそういう生々しい言葉は公開しないほうがいい。
脚本家はマスメディアが拾えない裏の言葉を表に出したかった。
山田太一さんはどうしようもなくテレビや新聞といったマスメディア世界の住人なのである。
ドラマの最後で中井貴一の妻がわかったようなことをいう。
場所は津波の被害に遭った海辺のようだ。

「この海(を)見て、ここらに立てば、だれだって大泣きしたいよ」

ブログはマスメディアではなく、個人メディア(むしろ落書だな)である。
当方には信用金庫支店長のような大それた社会的地位もない。
過疎ブログの長文記事の最後で本当のことをいってしまおうと思う。
わたしはたぶんその海を見ても泣かないだろう。
まさに「時は立ちどまらない」である。
震災後にもいろいろなことが「かわいそう」な被災者以外に起こっているのである。
家族が自殺したものがいよう。難病で高校生の息子を亡くしたものもいるだろう。
夫が急死したものもいるかもしれない。障害児を産み育てている母親もいるだろう。
かと思えば息子や娘が出世して高笑いしている父母もいるのだから憎らしい。
こういう勝利父母こそドラマの被災者に過剰に同情しておのれの善人ぶりに酔うのである。
まあ、大半の人は3年も経てば「それどころではないよ」というのが本音ではないか。
しかし、表の世界でそれをいったら社会的に排除される可能性が高い。
だから、わたしも山田太一ドラマ「時は立ちどまらない」の感想をこうまとめよう。
被災者のみならずドラマの登場人物がみながんばっているので、
ぼくも負けないようにがんばろうと思いました。
がんばろう、日本。がんばろう、おれ。けっこうマジメに思っている。がんばらなきゃ。

(おまけ)
どうでもいい話。柳葉敏郎がおでんをクチャクチャ食うのがいやで仕方がなかった。
あれはライブでも山田太一脚本でなかったらテレビを消すレベルの不愉快さ。
ネットでは柳葉敏郎の食い方はクチャラーと呼ばれている。
東北漁民はああいう汚い食い方をするという差別意識でも俳優か演出家にあるのだろうか。
クチャクチャ食うなよ。見てて気持が悪い。
クチャクチャ会食のあとに柳葉敏郎のいじめっ子だった過去が暴露される。
あいつはいかにもいじめっ子の顔だから、中井貴一のほかにもいじめていたのではないか。
柳葉敏郎は母、妻、長男の3人を津波で亡くしている。
あんがい、なかには天罰だ、ざまあみやがれと思った人もいるのではないか。
これは山田太一ドラマのみならず、ネットにもめったには出てこない危ない本音である。
死んだ被災者にざまあみやがれと思ったという本音もかならずあると思う。
テレビドラマどころかネットでもなかなか公開できない人間の暗部である。
以上は演出や演技への指摘で、
柳葉敏郎さん本人のご人格をうんぬんしたものではありません。
柳葉敏郎さんはとてもいい俳優さんだと思います。
そういえば黒木メイサが演じる女も大嫌いだった。
名門一家の生まれで一流大卒、堅実な就職、野心もあり目標は政治家、美人で正義派気取り。
あんな女に人の痛みがわかるはずはないと思うが、それはひねくれ者の偏見で、
実際はああいう女性がみなに愛され人の役に立つ使える人材なのだろう(ドラマ通り)。
これも役柄への否定感情で黒木メイサさんがどうこうというわけではありません。
最後に本音をぼやく。黒木メイサのヌードやパンチラがあったらもっとよかったのになあ。

COMMENT

彦彦 URL @
03/15 11:10
. 柳葉のおでんの喰い方がムカついて、ネットで話題になってないか、と検索したら、こちらに辿り着きました下手な落語なみの音の立て方でしたね。もっともっと話題になって本人の耳に入ればいいのに。山田太一ファンで、氏の作品は保存するようにしているけど、このドラマを見返すとしても、あのシーンだけは早送りします。
Yonda? URL @
03/16 13:48
彦彦さんへ. 

クチャラーは指摘すると、ものすごく怒るって聞きます。ご本人の耳には入れないほうがいいような気もします。たしかに一部の人には不愉快ですが、気にしない人も多いし、なにより本人がその汚い食い方を愛しているのですから、これはもうどうしようもない問題のような……。とはいえ、自分とおなじようにギバちゃんの食い方に我慢ができなかった人がいるというのはとても嬉しいです。コメントわざわざありがとうございました。やっぱりギバの食い方はクチャクチャきたねえ、であります。育ちが……おっと、これ以上はやめます。








 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3620-86d0815e