評価依存症

評価を求めない表現があったらばいさぎよいけれども、果たしてあるのかしら。
歌が好きならひとりでカラオケボックスにでも行けと思うものの、そうはいかない気持もわかる。
いつか武道館に上がる日を夢見ながら人の迷惑をかえりみず路上でライブしてしまう。
絵が好きならただ描いていればいいだろうに、どうしても他人からの評価を求めてしまう。
まったく評価されないと落ち込んでしまう。
とはいえ、たいがいの表現は批判もされず、ただ無視される運命にある。
むしろ批判でもされたら、そのことに感謝しなければならないほど人は他人に関心を持たない。
歌を聞いてもらうのがどれほどありがたいか。絵を見てもらうのがいかに感謝すべきことか。

趣味のない悪い大人はこういう人たちをコントロールしてみるのもおもしろいのではないか。
評価に飢えている人は他人の意見に弱いのである。
どうしたら他人に評価してもらえるか血まなこになっている人はコントロールしやすい。
相手が必死になって表現したものを、
こうしたらもっとよくなると冗談半分で指摘してみよう。
だれからも評価されたことのないアマチュアは、
そのひと言を死ぬまで忘れられないのではないか。

商売にも使えると思う。
少しでも実績があるならば、スクールを私設して相手を金づるにしてしまえばいい。
こうしたらデビューできるとおだてて金を請求すれば、感謝されてなおかつ儲かる。
某業界には、まったく実績もないのに先生をしてお金を稼いでいる厚顔な講師もいるようだ。
他人をコントロールすることほどおもしろいことはないのではないか。
とはいえ、めったなことでは人を支配する立場にはなれない。
しかし、自称表現者ならば無名のわれわれもコントロールすることができる。

さあ、よそのブログ記事の「いいね!」を押して、こうしたらもっとよくなると忠言しよう。
上から目線で人に注意するのはなかなか楽しいものである。
ブログ記事の「いいね!」ボタンはある意味でその作者の急所と言えよう。
人の弱みをつくのが趣味なんてきみも悪い大人だなあ。
悲しいことに、どの人にとっても他人からの評価はもっとも気になるところなのである。
運よく偉くなり、おもてだってマイナスの評価が来ないようになると人は疑心暗鬼にさえなろう。

他人の評価ほど恐ろしいものは考えてみるとそうないのではないか。
ひとたび依存してしまうともしかしたらアルコールやパチンコよりも始末が悪いのかもしれない。
アルコールもパチンコも最初の1回を経験しないことがたいせつとも言いうる。
ならば、一度も他人から評価されたことのない受賞歴ゼロの人間は恵まれていることになる。
負け惜しみではなく、受賞歴ゼロはかならずしもマイナスばかりではないと思う。
他人の評価は酒や賭博とおなじで、あるいはもっと強烈な麻薬なみに
人を中毒にさせるところがあるのでよくよく注意しなければなるまい。

COMMENT

solato URL @
02/05 21:44
はじめまして. 
はじめまして。シナリオ・センターの評判とか検索してたらこのブログがヒットしたのでお邪魔させていただきました。
いくつかシナリオ読ませていただきました!面白かったです

ブログのいいね!は確かにあると嬉しいですね。
閲覧数は地味にあるのにそういうのがないとちょっと悲しいですし。
まあそりゃコメントとか欲しいですが、完全に自分の日記としてブログやってるからアクセス数とかもそんな気にしないというw
どこもそんなもんなんでしょうかね?

では、失礼しましたー!
Yonda? URL @
02/05 23:53
solatoさんへ. 

はじめまして。
へたくそな文章のため、
くだらぬこちらの主張が伝わらなかったようで申し訳ありません。
わたしは「いいね!」は魔だと思っています。
「いいね!」は現代の落とし穴に近いと。
馴れ合いのコメントも正直めんどくさいっす。
ああ、だめなおっさんですんません。

日記をブログに書いている人って、
だれが読んでくれると期待しているんですかね?
あ、いや、質問ではありません。
若いってすばらしい。ちょっと嫉妬しました。








 

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