顔が違うぞ

恋愛マニュアル本を読んでも意味がないのはそれぞれ顔が違うからでしょう。
あるひと言のセリフをどの顔で言うのかでぜんぜん意味が違ってきます。
みんなどの顔の人もこう言えばいい、こうすればいいというマニュアルはインチキです。
あらゆる言動が当人はどんな顔(容姿)か、どの程度の立場(肩書)かに影響されます。
だとしたら、成功マニュアル(自己啓発書)も嘘になるでしょう。
たとえば部下を叱るのは、顔がいい上司よりも残念な人のほうがうまくいくような気がします。
部下としては「あいつには顔で勝っている」と思えるからです。
おなじ説教でも年上からされるのと年下からされるのでは大違いですよね。
男の場合、女性の上司から指導されるのはたいてい屈辱に感じるのではありませんか?
なんだかんだといって社会上層部を男が独占しているのはこのためかもしれません。

人間は顔が違う。
たとえば若くて美しい女性がストーカーされていると警察に相談したらどうか。
いっぽう、個性的な顔面をお持ちの中年女性が
ストーカー被害を訴えてもおなじような親身な対応を警察がしてくれるか。
どうでもいい話をしますと、わたしがストーカー被害を主張しても警察官は鼻で笑うでしょう。
キムタクのような美男子がおなじことを言ったときとは大違いのはずです。
自分勝手な自己主張はたいがい嫌われます。
しかし、発言者がどこから見てもかわいそうな身体障害者だったらば聞き入れてもらえます。
いまの時代においては、
一般的に社会的弱者ほど正義ぶった発言をすることが可能になります。
このため手足のない人が健常者よりも女にもてて、
より多くの金を稼げるという異常事態さえ発生するのです。

ならば、役者が決まっていない段階で書かれる台本はあまり存在意義がない。
なぜなら、おなじセリフでもどの顔が言うかでぜんぜん意味が変わってくるからです。
どんないいセリフでも美男美女が言わなければだめなことは多いですよね。
ドラマによくある嘘ですが、もてないアピールを美人女優がするのはリアルではない。
ドラマやお芝居のようにおそらく人生にも配役があるのでしょう。
そう考えたら成功マニュアル(自己啓発書)を何冊も繰り返し読むのはアホになります。
脇役がいくら主役の真似をしても痛々しいだけです。
主役のセリフなんか覚えようとするよりも、よくよく自分の顔を鏡で見たほうがいい。
あなたの言うべきセリフがわかるからです。
といっても大半の人はセリフなんて割り当てられていないエキストラ役ですけれど。
映画でエキストラが自己主張を始めたら観客は不愉快になります。
自戒を込めて語りますが、お互い演技派なんて目指すのはやめてエキストラに徹しましょうね。

成功マニュアル(自己啓発書)とおなじインチキですが、こう考えてみたらどうでしょうか。
エキストラもいいものです。
木や林や森の役(学芸会にはあるでしょ?)よりはまだエキストラのほうがましです。
エキストラだっていいではありませんか。
つまらない映画を見せられる観客役よりもまだエキストラ役のほうがいいとも言えましょう。
とはいえ、あまり大声では言えませんが、
あんがい見かけのうえでは主役をはっている人が、いまもいま、
内心では生まれ変わったら日陰の雑草や海底の深海魚になりたいと思っているものです。
あなたが嫌っているあなたの役にあこがれている人もいないとはかぎりません。
まあインチキなんですけれど、どのみち配役は代えられませんからそう思うしかありません。

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