唯一絶対真理

ただひとつ絶対的に正しいことがあるとすれば、自分が間違えていることだと思う。
人間存在は、これに尽きると思うのね。絶対に正しいことは、自分が間違えていること。
このとき自分が本当に間違っていたら、正しいことを言ってしまったことになる。
反対に正しいことを言っていたとしたら、間違えていないことになる。

おそらく絶対的真理は「○○がこう言っていた」という形でしか示せないと思う。
このとき○○に入るのはかならず年上で有名人なのね。
年下の言葉を真理として提示するものは、まあめったにいないような気がする。
だって、われわれ凡人は年下の有名人に嫉妬しちゃうでしょう?
真理はかならず年上の有名人(権力者)から伝達される。
松下幸之助さんがこういうことを言っていました、とか。

本当はだれの人生も「なんにもない」が本当だとする。
いくら仕事で成功したって家族が何人いたって「なんにもない」。
もしこれが本当だとすると、これは嘘になっちゃうのね。
なぜなら、「なんにもない」という真実(本当)があることになるから。

要するに、
「正しいことはない」が正しいならば、
「正しいことはない」は正しくない。

以上のように考えると絶対的真理は、
「なんにもない」=「すべて間違え」=「すべて正しい」になると思う。
これは法華経や般若心経の教えだけれども、
うちのブログの仏教記事なんてだれも読んでいないと思うので、
このようにわかりやすく(?)再度書いてみました。

COMMENT

yogako URL @
01/24 15:19
. 何せ脳みそがつるっつるなもので、読田さんの世界について行こうと無理をすると「パペ~?パペポ~?」ってなりますが、記事楽しんで読んでいますよー

禅的ですね。禅が何か分かりませんが。
善も悪もなく、あるがままが真実って事でしょうか。
分けたがるのが世間、全部同じって主張するのが達観なのでしょうか?

パ、パペ~?
Yonda? URL @
01/24 17:15
yogakoさんへ. 

たぶん、そういうことなのだと思います。

反対から申し上げれば――。
本当は「なんにもない」けれど世間的には善悪も必要。
本当は「全部同じ」だけれど世間的には分けることも必要。
でも、それは必要悪、必要善であって、本当は「なんにもない」。
「あるがまま」しかない。

とはいえ、「あるがまま」そのままを見たら狂ってしまいますから、やっぱり分けましょう。
しかし、「あるがまま」が真実なんです。
けれども、分けることも必要で。
でもでもでもでも――と永遠に逆接(逆説)を繰り返すのが、この世界では?
世界の「あるがまま」なんて見えたら恐ろしいですけれども。








 

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