好悪と正誤

人は自分が好きなものを正しいと思う。
嫌いなものを間違っている、誤っていると思う。
たとえば、患者が好きな薬を医者が出したがらないときがある。
理由を聞くと、その薬はよくないからなのだと言う。
その薬は正しくない、誤りだ、間違えている。
ふと思いつくままに「先生は○○がお嫌いなんですか?」と質問した。
お医者さんは明らかに動揺した。
その後、出してくれそうな気配もあったが、
患者はそのまんまもまたいいとそのまんまにした。
いつかだれかがどこかの病院における3分診療で体験したことである。

よくわからないが、もしかしたら正誤はなく好き嫌いがあるだけなのかもしれない。
法華経が好きな人は法華経が正しいものであってほしい。
だから、法華経が絶対的に正しいと他人に喧嘩を売ったりする。
法華経が釈迦の教えではないから間違っていると思う人も決して正しくはない。
ただたんに法華経の独善性が嫌いなだけなのに、誤りだと言っているだけかもしれない。
自分が正しいと思っている対象は、自分が好きなものだからかもしれない。
自分が誤りだと思っている対象は、自分が嫌いなものだからかもしれない。

つまり、この世のすべてのこと(諸法)に正誤はなく、
あるのは好悪(好き嫌い)だけだと考えたらどうなる?
受験問題のような正誤を捨てて好き嫌いにこそこだわるべきではありませんか?
好きなものをもっと好きになったほうが人生はおもしろい。
正誤なんて捨てると好きなものがさらに好きになる。
なにかを好きになると世界が好きになる、生きているのがおもしろくなる。
二者択一の問いがあったとき、
正誤ではなく好き嫌いで選択してみるのもおもしろいのではないでしょうか?

COMMENT

- URL @
01/20 23:22
管理人のみ閲覧できます. このコメントは管理人のみ閲覧できます
- URL @
01/20 23:45
管理人のみ閲覧できます. このコメントは管理人のみ閲覧できます








 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3594-3e3d0ed7