なにをしてもいい

わたしが人生で出逢った師匠と呼べるような人の唯一の教えのようなものは
(たぶん誤解しているのでしょうが)、「なにをしたっていいよ、アハ」なんですね。
自由を求める。縛られない。ということは、なにをしたっていい。
先生はサインを求められると当時こう書いていた記憶があります。
「もっと過激に、もっと自由に!」――つまり、なにをしてもいい。なんだっていい。
そういうことになってしまいますでしょう。
なにをしたっていいの根拠は、いまから考えれば、
きっと正しいことはなにもないから、であります。
人はどうしても世間的に評価される正しいことをしたがる。
しかし、世間体に基づく善悪なんてものは国や時代によって大きく変わりますよね。
この国にも自殺をしてもいい時代(特攻隊)のみならず、
人をたくさん殺すのが評価される正義感(鬼畜米英)さえもございました。
真実は、正邪も正誤も善悪も絶対的な基準(物差し)は存在しない。なんにもない。
ならば、なにをしてもいい。なんだっていい。
好きなことをしよう。もっと自由になろう。生き生きしよう。
どうせ人間は時代や国の制限から自由になんてなれないのだから、そう思っていたほうがいい。
自由になろう。好きなことをしよう。たとえひんしゅくを買ってもやりたいことをやろう。
なぜなら、なんだっていいのだから。
本当はなんにもないのだから。
ならば、なにをしてもいい。
どうかぜひぜひ自分にとっておもしろいことをなさってください。

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