「旅立つ人と」

「旅立つ人と」(山田太一/「月刊ドラマ」1999年12月号」) *再読

→テレビドラマシナリオ。平成11年放送作品。フジテレビ。単発もの。
うまいよなあ。どうしてこんなにうまいんだろう。
もう余命少ない渡瀬恒彦に市原悦子が過去のいい思い出を善意から聞いてあげようとしたら、
渡瀬が空気を読まず、豊富な女性体験(エロ話)をぺらぺらしゃべるところとか大笑いする。
人間ってそういうところあるよな。人間と人間のズレみたいのが最高におもしろい。
イケメンの渡瀬恒彦がただのおばちゃんの市原悦子を見初めたシーンもいい。
市原悦子が外国人に道を聞かれて、ゆっくり大きな声で日本語で説明していたという。
そのときの「大丈夫」がよかったと渡瀬恒彦は言う。
いま余命わずかの渡瀬恒彦(良成)のために、
いわばボランティアとして話を聞いてあげている市原悦子(美代)である。
場所は病院の一画。

美代「お寺をさがしてる人だったの。場所なら、日本の場所だから、
 ゆっくりいえば分かると思って」
良成「いい方(かた)がよかった」
美代「本当かなあ」
良成「外国人だからって、慌てたりしないで。『大丈夫。ゆっくり』って。
 堂々としてて、優しくて」
美代「どうしよう」
良成「ああ、こういう人に大丈夫っていわれたら」
美代「困ったなあ」
良成「なんだか大丈夫のような気がして来るかもしれないって」
美代「大丈夫」
良成「そう、その声」
美代「大丈夫。大丈夫よ」
良成「――」
美代「大丈夫」(P135)
 

渡瀬恒彦には娘がいるのだが、親子は単純に愛し合っているというわけではない。
一度渡瀬恒彦が危篤になったけれども、わざと娘の東子は仕事から遅れてくる。

東子「間に合わなきゃ仕様がない。
 お父さんだって、そう思ったでしょ、お母さんの時って――」
美代「――」
東子「この前、いわなかったけど、母が死ぬ頃、父は仕事だけじゃんかったんです」
美代「――」
東子「女がいたんです。だから、私、どうしても父が、幸せに死ぬの、許せない。
 私が間に合って、お父さんなんて呼んで、それで安らかに死ぬなんて、
 なんだか悔しい。母が可哀そう」
美代「そう」
東子「それで、こんなにおくれました。すいませんでした」
美代「いいのよ。人間いろいろなんだし、型通りにすることない」
東子「――」
美代「でも、お父さん、もう充分、バチがあたってるわよ。今日も、痛がったし」
東子「そうですよね。親子なのに、こんなのいけないって思うんだけど」
美代「親子だからよ」
東子「ええ」
美代「厄介ね」
東子「ええ――」(P142)


山田太一さん、どうしてこんなに親子の微妙な距離感を理解しているのだろう。
たいがいの子は親を「好きで/嫌い」だと思う。
嫌いなんだけれども、嫌いになりきれない。
好きにならなきゃいけないとわかっているんだけど、好きになりきれない。
完全に好きでも完全に嫌いでもないけれども、どうしようもない親しみは感じている。
かんたんじゃないってこと。好きとか嫌いとかスパって割り切れない。
そういうところを山田太一さんはうまく描写するんだな。
人間の裏と表をよくわかっているのにはただもう恐れ入る。
山田太一、いったいこの人はどういう才能でもってドラマを書いているのだろう。
さんざん分析しようとしてきたが、いまだに底にあるものが読めない。

(関連)「旅立つ人と」
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