確率はいかがわしい

いかがわしいものが好きなので困っちゃう。にしても、確率のいかがわしさは半端ねえ。
ふつう人は2/3で当たるクジと1/3で当たるクジがあったら前者を選ぶ。
でもさ、確率というのは多数回トライしてはじめて意味が出てくるものなのね。
10回くらいクジを引けるのなら、これは間違いなく2/3で当たるクジのほうが得である。
しかーし、1回しかクジを引けないのならば2/3も1/3も関係ないのではないか?
複数回クジを引けるときに選択基準となるのが確率なわけで。
一回勝負だったら1/3のクジを選びたいような射幸心(山っ気)が恥ずかしながらある。
そして、おそらく人生は一発勝負ではないかとわが直観が語りかけてくる。
たぶんみんなは2/3に走るだろうから行列しないで済むのもよろしい(行列大っ嫌い)。

どうして人は発生確率1%のことは起こらないと思うのだろうか?
わが人生をかえりみると1%のことくらいバンバン発生しているわけだが。
日本語を見ても1%のことくらい楽勝で起こると思うのである。
みなさんは千三つ屋って言葉をご存じですか? 不動産屋のことね。
千に三つくらいしか契約が成立しないから不動産屋のことを千三つ屋というのである。
けどさ、不動産屋が儲けているのは千に三つが成り立っているからでしょ?
千に三つといったら数学的には0.3%になるわけである。
1%もないのにそれで食えている、それどころか贅沢さえしている職種がわが国にはあるのだ。
そう考えたら1%の壁くらい楽々と突破できるのではないか?

あんがい確率に意味はないのかもしれない。
成功確率70%も5%も、じつのところなにも語っていないとは考えられないか?
もしかしたら人生は確率ではなく「丁か半か」ではないか?
ちなみに丁半はサイコロ賭博の用語で丁が偶数、半が奇数の、
確率でいえばオール1/2の世界である。
確率よりも丁半のほうがどこか世界の真実を象徴しているような気がしてならない。
確率はインテリのもの、丁半は庶民のものという思い込みのせいだろうか?

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