「哲学の道場」

「哲学の道場」(中島義道/ちくま新書)

→精神医学の根本にある思想めいたものは「他人に迷惑をかけない」だと思う。
一方でどこか似通ってもいるような哲学の基本は自称哲学者の中島義道によると、
いくら他人に迷惑をかけることになっても自分を中心に生き自分の言葉で語れ!
正しいかどうかわからないが、そういうところに哲学者の道があるそうだ。
哲学研究者になりたいのなら話は別だが、
本当の哲学者になりたいのならば他人の迷惑などかえりみずに自分にこだわれ。
実際、本書で中島が語る自分勝手さはすさまじいものがあり、
不謹慎なのかもしれないが、こういう人が日本にいることに喜びを感じる。
いまの日本でいちばん大きな圧力は「他人に迷惑をかけるな」だと思う。
このために精神科や心療内科が繁盛するのだろう。
だからこそ、他人に迷惑をかけまくり自分を貫き通した中島は偉いのだろう。
どこまで思いやりがないか、人目を気にしないで好き勝手にやれるかというのも、
中島義道を見るかぎりある種の才能であることがわかる。すげえよ、あんた!

わたしのことはどうでもいいが、
本書を読んで自分に哲学的センスがないことがよくわかった。
なぜなら中島によると、死にあこがれるのはなぜだか哲学ではないらしい。
中島は書いていないが、正確には西洋哲学ではない、ではないか?
どうやら中島は西洋哲学以外を哲学とは思っていないようで、
西洋哲学をやる人が苦悩に満ちていて格好いいという思い込みがあるようだ。
それから西洋哲学では「わかるはずがない」は懐疑論と呼ばれる「逃げ」とのこと。
東洋哲学はたぶん「わかるはずがない」が大きく関係しているような気がするけれど、
西洋哲学のほうが東洋哲学よりも偉いらしいから仕方あるまい。
以下の見方はまったくそうだと思うが、
息子を殺した男は西洋哲学ではなく仏教に行くのではないか?
中島によると、男はなぜか西洋哲学に目覚める素質があるらしい。
ハイカラな中島義道さんは東洋が嫌いなのだろう。

「例えば、ひとり息子をバッドで殴り殺した父親は、
「善」とは何か、「悪」とは何か、「私」とは何か、「意志」とは何か、「死」とは何か
……エンエンと思索し続けているような気がする。言語化しなくても、
彼の「からだ」そのものが刻々と思索しているような気がするのです
(「わかったようなこと言うな!」と本人から怒鳴られるかもしれませんが)」(P53)


中島さんの哲学も人によってはインチキ呼ばわりされているが、どうだろう?
本当の哲学をするためにいまからでも遅くないので中島さん、
ご立派な博報堂勤務のお坊ちゃんをバッドで何回かぶん殴ってみるつもりはないかな?
そうしたら、あなたも西洋哲学を捨てて仏教に目覚めるような気がする。
いまからでも遅くはないよ、中島義道さん! もっと自分を解放しよう! ゴーゴー!

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