「子どもの宇宙」

「子どもの宇宙」(河合隼雄/岩波新書)

→河合隼雄のすごさは内部に大きなパラドックス(矛盾)を抱えていたことによるのだろう。
なにがよくてなにが悪いかなんてわからないことを深く理解していた。
「いいは悪い、悪いはいい」「きれいはきたない、きたないはきれい」をよく知っていた。
「どっちも正しい」ことがいくらでもあることを経験として知っていた。
たとえば、それは秘密に対する見方からもわかろう。秘密はいいのか、悪いのか。

・秘密を持つことで「私が私である」という感覚を持つことができるようになる。
・しかし、秘密を持つことで自分が他人(世界)から切り離されているという孤立感を抱く。
・秘密はだれかと共有することで親密感を得ることができる。
・しかし、秘密は弱みだから知られてしまった人にうとましさを感じることもある。
・秘密を持っていると、自分が秘密を持っていることを周囲にちらつかせたくなる。
・しかし、秘密をばらすのは共有者への裏切り行為である。
・長年抱えていた秘密を告白したとき、うまく受容してもらえないと自殺する危険性もある。
・出生の秘密などの運命的な秘密は、守り抜くために多量のエネルギーを要する。
・他人の運命的な秘密を聞いてしまうと、心のまとまりを保てなくなりやすい。
・またニュースバリューもあるため、だれかに話したくてたまらなくなる。
・このため他人の秘密を守る心理療法家は心身の病に犯されがちである。
・秘密はまず個人の内部で育てられ、親しい人と共有され、
時が熟したとき、すべての人のまえに、
たとえば自然に花が咲くように開示されるという発展を見せるときがある。
・秘密の欠点がばれてしまったとき、からずしも軽蔑されるわけではなく、
その欠点ゆえに広く親愛の情を呼び込むこともないわけではない。
・秘密を知ってしまったとき二律背反に追い込まれることがある。
秘密をばらしたら相談者を深く傷つけてしまうが、ばらさないと多くの人が迷惑する。
こういうときはどうしたらいいか正しい答えがあるわけではない。
秘密を抱えながら自分の存在をかけて悩み苦しんでいると解決が向こうからやってくる。

秘密を持つべき「とき」、秘密が共有されるべき「とき」、秘密が公開されるべき「とき」、
おそらく3つの「とき」があって、「とき」が熟したときに、
保持、共有、公開のそれぞれがなるべく自然になされることが大切なのだろう。
このように河合隼雄の時間の見方は独特である。2つの時間があると氏は言う。
ひとつは時計の針が示す、言うなればこの世の時間である。
しかし、時間はもうひとつある。

「それは、それぞれの個人にとっての「とき」である。
時計の針で一時間の長さが、ある人には一瞬のこととして感じられることもあるし、
その逆のこともある。十年前のことがつい最近のことに感じられたり、
ごく最近のことが遠い昔のことと感じられたりする。
「とき」が生きもののように変化している」(P105)


「とき」を生きもののように見るから、時が熟すという表現が出てくるのだろう。
熟す「とき」はこちらの日常世界の時間ではなく、あちらの世界の時間だろう。
あちらの世界を見ていたら、時が熟すというのが見えるようになるのかもしれない。
では、あちらの世界とはどのようなものか。あちらとこちらはどのような関係にあるのか。

「はかないこの世は、実は時空を超えた世界によって裏打ちされており、
その存在を知ることによって人間は本当に安心することができる」(P104)

「……こちらの日常の世界はあちらの世界によって裏打ちされている。
しかしながら、大人ばかりか現在では子どもたちまで忙しくて
(大人たちによって忙しくさせられてと言うべきだろうが)、
あちらの世界との接触が絶たれ、そこに多くの問題が生じている」(P114)

「子どもたちは、この世の時空を超えた世界の存在について非常によく知っている。
大人は「忙しい」とよく言うけれど、
それはこの世のはかなさを実感することを避けるために、
忙しさのなかに逃げこんでしまっているのかも知れない」(P104)

「大人が子どもの魂に到る「通路」を知りたい、と思うとき、焦るのが一番禁物である。
その子を暖かい目で見守っていると、魂のほうから通路が開けてくる」(P118)

「緘黙(かんもく)の子がいる。わたしはすぐには「通路」を見出せない。
そんなときはあわてず待つことが大切である。
待っていると、通路は自然に開かれてくることが多い」(P116)

「超越に触れること、その存在に気づくことが大切であるし、
それには「通路」を見出さねばならないと述べた。
こちらの世界とあちらの世界という表現も用いた。
しかし、このことは何もそのような空間が
どこかに存在していることを意味するのではない。
極端な言い方をすると、あちらの世界もこちらの世界も同じであり、それは、
われわれのそれに対する態度によって様相を異にするのだ、とも言えるのである」(P119)


時空を超えた世界=超越の世界=あちらの世界があるものとして、
焦らずあわてず待っていると時が熟すのが見え、
あちらとこちらの「通路」が自然に魂のほうから開かれ、問題が解決することが多い。
しかし、あちらの世界は危険であると河合隼雄は言う。
ちなみにトリックスターとは、あちらの世界とこちらの世界を行き来する悪戯者だと思う。

「……ここで極めて大切なことは、超越の世界にのみ心を奪われてしまうと、
命を失うほどの危険が生じることである」(P115)

「トリックスターがすべて導者になるとは限らないが、
魂の導者はすべてトリックスター性を発揮することが多いとも言うことができる。
(……) トリックスターの自由さは、
一般常識に縛られずに真実を見る能力につながるが、
それはまた危険なことでもある」(P148)

「死は大切である。それを遠ざけたり、避けたりしてはならない。
しかし、それにはいり込みすぎては駄目なのである。
われわれが現に生きていることを忘れてはならぬし、それは大切なことである」(P164)


あちらの世界は大切だけれども深入りしすぎてはいけないし、
戻ってくる「通路」がないと命の危険にさえ脅かされることがある。
しかし、解決というものは生きもののような時が熟したとき、
あちらの世界からやってくるものだから「通路」を閉じていてはいけない。
忙しくない子どもや老人は、あちらの時空のない世界をよく知っている。
そして、だれの心のなかにもそういう子どもや老人のいることが希望なのだろう。

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