「永遠の人」

12月1日、東京池袋の新文芸坐で木下恵介監督作品「永遠の人」を鑑賞する。
久しぶりに身体に震えが来るような映画を観た。
かといって、みなさまにおすすめするかといったらそうではない。
たぶんに期待しないで観たのがよかったと思うのである。期待して観たらどうかはわからない。
正直さ、時給千円もらっても白黒映画なんか観たくないわけ。
もしこれをDVDで購入していたら1年でも2年でも観ない自信がある。
白黒映画なんて映画館に強制監禁でもされないかぎり、申し訳ないがとても観(ら)れない。
無料でも観(ら)れない。
こちらから料金を払って「もったいない」からとでも言い聞かせないと白黒はごめんである。

「永遠の人」はくっせえ純愛ものかと思っていたら、とんでもねえ代物であった。
とにかく、ストリンドベリ的でいいのである。
どうせこんな白黒映画はだれも観ないだろうから、よかったところを書いておきたい。
物語が西洋古典小説のようだから、
てっきり原作があるのかと思ったら木下恵介監督のオリジナル脚本のようだ。

物語は昭和7年からスタートする。舞台は熊本県。片田舎というやつだ。
名誉の負傷をして戦争から「ちんば」になって戻って来た地主の息子が主人公である。
人によって主人公は変わるのだろうが、わたしにとっては地主の息子が主役だ。
「ちんば」とは「びっこ」のこと。まだわからないかな。
「ちんば」とは、足が不自由で松葉づえをつかないと歩けない「かたわ」のことである。
「かたわ」もいちおう説明しておくと身体障害者のこと。
我われの世代ならば「しんちゃん」などといじめの対象になった不完全肉体者だ。
この地主の息子の「ちんば」が悪(わる)でよろしい。

シナから負傷し戻って来た「ちんば」のボンボンはなにをするか。
けがれを知らぬ小作人の美しい生娘(きむすめ)を無理やり手籠めにするのである。
「ちんば」のため足は不自由だが3本目の足(陰茎)は元気いっぱいだ。
美しいが貧しい小作人の処女を犯す金持「ちんば」の黒々とした動機がすばらしい。
小作人の娘には相思相愛のイケメンがいたのである。
「ちんば」の同級生で村一番の秀才、品行方正、ただし娘とおなじ貧しい小作人である。
性格も非常によく、みんなから好かれている。
「ちんば」同様、いま戦地に召集されているところだ。
金持の「ちんば」はこの貧しいが善人のイケメンが嫌いだから、その恋人を手籠めにするのだ。
邪悪な「ちんば」にとても共感する。
美しい少女は「ちんば」にけがされて男を知る、女になるわけだ。
「ちんば」は正義のイケメンが嫌いだから、娘をめとることにする。

貧しい小作人ふぜいが育ちのいいおれさまの嫁になれるんだから感謝しろ、
と憎々しく言い放つ「ちんば」の性格のゆがみにおなじ男ながら惚れてしまう。
力づくでレイプしたあと、
バカにしながら車夫をしている娘の貧相な父親を「お義父さん」呼ばわりするシーンも最高だ。
下手をするとどんな嫌がらせをされるかわからないから、名家の地主には逆らえないのだ。
権力者が人の弱みにハレンチなまでにつけこむのが美しい。
貞操を失った娘は自殺を試みるが未遂に終わる。
結婚前夜、娘と相思相愛のイケメンが戦地から戻ってくる。
最愛の娘の肉体はお偉い「ちんば」さまによって蹂躙(じゅうりん)されている。
男は女になった幼なじみの少女に一緒に村から逃げようと誘う。
しかし、イケメンは待ち合わせ場所に現われないのである。
「貴女は幸福になってください」などといかにも善人ぶった手紙を言(こと)づける。
ほんとうは「ちんば」さまの権力を怖れたのかもしれない。
もう処女ではなくなった娘がいやになったのかもしれない。
だが、とりあえずイケメンは善人という設定のようだ。

12年後、「ちんば」と嫁のあいだには息子がふたり、娘がひとり出来ている。
なんだかんだいって女はその後も「ちんば」のチンポを受け入れ続けているのである。
正義のイケメンはちゃっかり結婚していて息子がひとり。
イケメンは運が悪いことに(「ちんば」の差し金か)また戦地におもむいている。
「ちんば」は女中(召使)としてイケメンの嫁を家に呼び込む。
もちろん、自分を憎む嫁へのあてつけのためである。
わざわざイケメンの妻にむかしの色恋事件を教えて嫉妬をあおり、
女同士の関係を悪化させる意地悪さがいかにも不具者らしくてよろしい。
あたかも映画監督は「身体のゆがみは心のゆがみ」とでも主張したいようだ。
あげく「ちんば」はイケメンの妻まで犯そうとするのだから、
たとえ「ちんば」でもチンポのほうが元気ハツラツで困ってしまう。

小作人出身の妻は夫の「ちんば」を憎みつづけている。
あの強姦事件で妻は孕(はら)まされた。種を仕込まれた。妊娠した。
このため、ママはわが子でありながら長男をどうしても好きになることができない。
一方で、かたわ「ちんば」パパのお気に入りがこの長男である。
5年後、昭和25年、両親の結婚のいきさつを知った長男は自殺してしまう。
自分は両親の愛情からではなく、憎悪によって誕生したことを知ったからだ。
この時点で、この名作映画は仏教で言うところの宿業(宿命)を描いていることに気づく。
「親の因果が子に報いる」という言葉があたまに浮かび、この作品に夢中になる。

自殺した高校生の息子の母親もかつて自殺を試みているのである。
あのとき自殺に成功していたら長男は誕生していなかった。
あのとき助かったせいで、
息子は苦悩の炎に焼かれながら自ら命を絶たなければならなかったのである。
「ちんば」も妻も長男の自殺にとてもショックを受ける。
邪悪な「ちんば」でさえ涙を流すのである。
なぜ愛する長男を自殺で失わなければならなかったのか。
17年前に自分がいまの妻を犯したからである。もっとも悲惨な自業自得と言えよう。
自業自得だから救いがないとも言うことができるのではないか。
自らの行為が17年のときを経て報いとして返って来てしまったわけである。
だが、そもそもは自分が「ちんば」にならなかったら、
貧しい小作人の娘など嫁にしなかったのである。
なぜ愛する息子は自殺しなければならなかったのか。
「ちんば」の苦しみは運命や宿命を思わせるほどに華々しい。
母親は夫を許さなかったせいで息子に自殺されてしまうのだから、こちらも宿命的である。

さらに11年後、昭和35年である。
あの強姦事件から28年が経過している。
ひとつの行為(業)は28年のときを経て因果を結ぶこともありうる。
「ちんば」パパと憎悪ママの娘はイケメンの息子と駆け落ちするのである。
こんな物語を考えられる映画監督は天才と言うほかあるまい。
ふたたび「親の因果が子に報いる」である。
親がかなえられなかった願いを娘と息子が実現してしまうのである。
もし相思相愛の小作人同士が結婚していたら、こんなことは起きなかった。
これは憎悪の連鎖から美しい愛が生まれたということではないか。

翌年、つくづく運が悪く小作人のイケメンは
いかにも善人らしく肺病をわずらって余命わずかだ。
イケメンも「ちんば」を許していなかったが、娘夫婦の幸福を知ってこれでよかったと思う。
「許そう」と思う。かつてひどいことをした足萎えの「ちんば」を許そう。
12年ぶりに再会したかつての許嫁(いいなずけ)に「許そうと思う」と告げる。
「ちんば」の妻で自死遺族の母親は自分も夫を許そうと思う。
だから、「ちんば」にもイケメン憎むことをやめてほしいと思う。
妻は夫の「ちんば」にそのことを伝えるのだが、このときの足萎えの悪人ぶりがすばらしい。
観客だれもがこれで「許す」の輪がつながると思ったら「ちんば」は妻をあざ笑う。
イケメンを許すもんか! 妻よ、未来永劫、憎しみ合おうじゃないか!
長生きしたほうが相手の骨壺を地面にたたきつけようではないか!

さらにどんでん返しだ。「ちんば」は白状する。
しかし、妻よ、憎悪こそほんとうの愛情なのである。
「ちんば」は妻を30年近く憎みながら愛していたことを正直に告げる。
ほんとうはいったいどこにあるのだろう。
小作人出身の妻も、名家のお坊ちゃんから求婚されてまんざらではなかったと告白する。
あんがい権力者に強姦されながら貧しい小娘は感じていたかもしれないのである。
本作「永遠の人」はとても「二十四の瞳」の映画監督の作品とは思えない。
だが、やはり「二十四の瞳」の監督だ。
ラスト、家を捨ててイケメンのところに向かう妻を「ちんば」の夫は追う。
お互いにすべてを許し合うためにである。
さてさて、よくよく考えてみたら「ちんば」が邪悪な行為をしたから、
小作人同士の純愛めいたものが30年近くも維持できたということもできるわけである。
ふつうに小作人同士で結婚していたら、数年で愛情など冷めていたのではないか。
だとしたら、ふたりの健常者は「ちんば」にこそ感謝しなければならないことになる。

「永遠の人」をいま売れているある映画監督が激賞しているそうだ。
上映後に脚本家の山田太一さんとその映画監督さんの対談があった。
なんでもDVD発売記念とのことである。マスコミも多数来ていた。
嫉妬しながら彼はいまいわゆる「ときの人」なのだと知る。
ただし失礼ながら対談を拝聴したかぎり、
売れっ子映画監督の某氏は「永遠の人」のよさを言葉にできていなかった。
もちろん、映像作家だから言葉には不慣れでも仕方がないのだろう。
そのうえ、である。
果たしてわたしがうまく自分の言葉で「永遠の人」のよさを伝えられているかどうか。
やはりわたしもまたいまをときめく人気映画監督さんとおなじように、
「ぜひぜひご覧ください」という手垢のついた言葉に頼るほかない。

*この記事で現代にそぐわない差別用語を使用しましたが、原作のセリフを尊重しました。

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