ゲスのすすめ

若い哲学青年は生きる意味はあるのだろうか、などと悩むらしい。
いいおっさんになると、
そういう見かけだおしの悩みの意味はあるのだろうかと考えるようになる。
よくわからないが(一生わからないだろうが)、たぶん生きる意味はないような気がする。
しかしまあ、生きている楽しみも小指の先くらいならなくもないようにも思う。
なぜ生きるのか。覗き見精神、野次馬根性、嘲弄趣味のためといえなくもない。
この齢になってつくづく思うのだが、覗き見ほど楽しいものはそうないのではないか。
ちらっちらっと中身が見えるものを鑑賞する興奮よ。
野次馬根性もいいものである。いま生きているものにしか味わえないのが野次馬の愉楽だ。
野次るのもよろしい。
野次とは嘲弄、つまり人をバカにするということだが、みなさんそのじつお好きでしょう?
他人をバカにするのみならず自分をおとしめる自虐の快楽もまたおつなものである。
ネットにめずらしくも自分の悪口が書かれていると何度見返しても飽きない(ちょいウソ)。
高尚なんか捨ててしまえ、と思うのである。
もっと俗悪に娑婆(しゃば)っ気全開で生きようぜ、と励ましたくなる。
だれを励ましたいのか。まず自分である。けっこうまだまだ危ういような気がする。
それからこんなくそブログをお読みくださっているような方である。
生きる意味は、覗き見、野次馬、嘲弄――。
くれぐれも当方を覗き見したり、嘲弄の野次を送ってくるのだけはおやめください。

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