「人生の楽しみ見つけたり」

「人生の楽しみ見つけたり」(山口瞳/講談社+α文庫)

→「男性自身」で知られる直木賞作家の名言集。
こういうもう死んでしまった文士の本を読むと、いまのつまらなさにやりきれなくなる。
結局、精神科医がたとえば文士のような無頼派種族にいまは完全勝利してしまったのだ。
大酒を飲むのはアルコール依存症で治療しなければならない。
性的乱脈は若かったら境界性パーソナリティ障害、大人なら躁病の危険あり。
ギャンブルに夢中になるのは病的賭博で精神科医が治さなくてはならない。
むかしは心療内科などなかったから、みな精神科医に恐れをなしたのがよかったのだろう。
なんでもかんでも異常、病気と騒がないおおらかな時代がかつてこの国にもあった。
迷惑な人を「業やれ、業やれ(宿業だなァ)」と受け入れる寛容性がたぶんにあった。
いまは少しでも人とずれていたら自分から心療内科や精神科の門をたたく人が多いようだ。
楽しい50年の人生よりも、なんにもない80年の人生をよしとする風潮が強い。
社会適応がなにより重視され、精神科医や臨床心理士が絶対正義で、
わずかでも邪悪な精神は不健康または異常として冷たく排除されてしまう。
精神科医は患者に健全な破綻のない長寿人生を指導する。しかし――。

「「飲む、打つ、買う」というのは、男の本能であり、三大道楽であるという。
僕は、昔から「飲む、打つ、買う」の三つを
同時にやると男は死んでしまうという考えを抱いていた。
実例はいくらでもあるが、さしさわりがあるので書かない。
また「飲む、打つ、買う」という三道楽を何もやらないという男も
死んでしまうと信じこんでいる。これも実例がある。
若くして自殺してしまう男は、僕の知るかぎり、例外なくそうなっている」(P138)


みなさん、さあご一緒に山口瞳の旧時代的な無知をあざ笑おうではありませんか!
若くして自殺するのは「飲む、打つ、買う」をやらないからではない。
精神科を受診しないから人は自殺するのである。
心の専門医がいらっしゃる精神科にかかっていてもなお自殺する人が大勢いることは、
精神科および心療内科が一般化した現代におけるオフレコのひとつかもしれない。
いまの若い人は「飲む、打つ、買う」の意味を知らない可能性もある。
これは知らないほうがいいのだから、おじさんは教えてあげないよ。
いまの若い人って平均寿命を考えると退屈すぎて早死にしたくならないのかな。
寿命を縮めたかったら、たぶん煙草よりも酒のほうがいいような気がする。
酒を飲む理由ならいくらでも自在に作れるからご安心ください。

「純粋である。だから酒に向かってゆく。傷つきやすい。だから酒を飲む。
泰平ムード、年功序列、官僚化といったようなことが堪えがたい。
落伍者意識がある。神経過敏である。鬱屈している」(P33)


アル中は病院へ行け。ギャンブル好きはいまは病的賭博という名前がついている。
もちろん、命名したのは精神科医の先生である。

「ギャンブルほど面白いものはない。
偶然性に身を委(ゆだ)ねる快感は人間の本能に近いものだと言ってもいいと思う。
(……) ギャンブルは面白い。こんなに面白いものはない。
危険があるから面白い。面白いから大変に危険なものである」(P132)


男なら本音ではみんなめんどくさい恋愛よりも女に甘えたいのではないか。
いやいや、当方はそんな甘えた根性は持ち合わせておりませんぞ。

「男はいつまでたっても子供です。
またそういう男のほうが、実際にいい仕事をするものです。
女は三十歳くらいで一応完成すると私は思います。
男は五十歳近くなってやっと一人前の男になるのです。
男が女をリードすると思ったらまちがいです。
結婚生活では女房が演出家であって男は役者です。
いい演出家が役者をスターにするのです」(P97)


女性のみなさんは、こんな科学的根拠のない断言を信じてはいけませんよ。
なぜなら、とんだ「だめんず」に引っかかることになってしまう。
やはり結論としては、いまいちばんおすすめなのは精神科医の先生のご本でしょう。
精神科のお医者さんのおっしゃることはみな科学的だから正しい。
なぜかいまの精神科医はむかしの文士並に自己顕示欲や自己愛が強いらしく、
本屋に行ったらその手の本がいっぱいありますから選ぶのに迷うくらいでしょう。
人生の目標が長生きでもぜんぜん恥ずかしくないのが現代でありまする。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3445-2be96f74