「『もう、うんざりだ!』自暴自棄の精神病理」

「『もう、うんざりだ!』自暴自棄の精神病理」(春日武彦/角川SSC新書)

→精神科医の春日武彦さんを自分とは別個の
理解できないマッド・サイエンティスト扱いしたいわけではなく、
極めて似た部分も言うまでもなくたくさんあるのである。
おかしな人間を見ると胸がときめくようなゲスな覗き見根性を
恥ずかしながらわたしも有している。

いつだったか帰りの電車でひとりブツブツなにやら呟いている会社員はよかった。
背は低く見たところ高そうなスーツを羽織っていたから結構な役職にあるのだと思う。
尾木ママのような顔立ちで、だれにでもペコペコしそうな50まえくらいの男だ。
幸福の極みといった上機嫌さでひとり演説しているが、周囲はガン無視である。
このおっさんは会社でもたぶんこうで、
一応は上司だから部下はなかなか指摘できないのではないかと想像するとおもしろい。
しかし、ここまで進んで来たら早晩病院行きだろう。
最初に指摘するのは家族か、部下か、上司か。
戸惑いながら、なんて声をかけるのだろう。
裕福な身なりをしているのにこの人として壊れたざまは悲惨だが、
しかし本人は酔っぱらっているわけでもないのに上機嫌でひとりペラペラしゃべっており、
治療したらこの気分のよさも取れてしまうのかと思うと、人の精神は矛盾したものだ。

いいなと思ったのである。
毎日変わらない退屈で味気ない日常のなかにあのおっさんを置いてみると絵になっている。
周囲の人がまったく相手にしていないのも都会らしくていい。
わたしは話しかけたい欲望にかられながらも、それでもぐっと堪える理性は持っている。
とはいえ、いったん自分に禁止すると禁じ手を破りたいという危ない欲望がふくれあがる。
そうしているうちに降りる駅に着き、後ろ髪を引かれる思いで列車をあとにする。
駅のエレベーターを下りながら気づく。なんのことはない、
わたしは精神を病んだ小柄な会社員にただならぬ親しみを感じていたのではないかと。

こういうメンタリティが精神科医の春日武彦氏と通じているのだと思う。
一線を越えてしまった人への興味や親和性が似ている。
それから大人げないところもおなじなのだろう。
大人げのなさではそれなりに自信があるが、春日さんには勝てないと思うこともある。
本書で知ったエピソードがおもしろい。
裏道で春日氏は小学校低学年くらいの男子がこぐ自転車と遭遇する。
自転車はふらふら蛇行しているので、わざわざ道を開けてやったら、
にもかかわらず自転車は自分に向かって進んできて危うく衝突するところであった。
難を逃れた春日先生は大きく舌打ちしたという。ったく、ふざけんなよ!
まさにその瞬間に男子は振り返り、春日さんと目が合う。
このとき10歳にもならぬ少年から小ばかにされたように感じる精神科医であった。
いったいいくつなんだよ、春日さん! 最高すぎるぞ、その心の狭さよ!

春日武彦さんの育ちのよさに裏づけられた幼児性は愛らしい。
ナースをしている奥様は大きな子どもをいまだに育てているような感覚なのでは?
これは別の本で読んだのだったか。
NHKのど自慢を見ていて、落選者が入選者に拍手する気持が春日さんはわからない。
おれだったら絶対に拍手しないね、と言って奥さんからたしなめられる春日先生であった。
わかるわかるよ、春日さん。
なんで自分が落ちているのに、受かったやつに拍手なんてしなきゃならないんだよな~。
しかし、ここまで来ると、ウワアと思ってしまう。すげえよ、あんた、春日さん!

「以前、ある学会の理事会でものすごく失礼なことをわたしに言った男がいた。
Hという気取った男で(辻邦夫の劣化コピーみたいな風貌であった)、会が終わって
わたしが部屋を出る際にたまたま椅子に座って書類に書き込みをしていた。
このとき、彼の後ろを通り抜ける拍子に肘で頭を小突いてやろうか
どうしようかとかなり悩んだ。もちろん、偶然のふりをして、「あ、失礼!」
と慇懃(いんぎん)に謝るわけであるが、その口調にほんの僅(わず)かばかり
嘲(あざけ)りのトーンを含ませることで、仕返しのカタルシスを得られることになる。
実行すべきかどうか、真剣に迷ったが結局は肘が汚れるので止めた」(P72)


くわばら、くわばら、である。こんなことをブログに書いていると、
いつ春日さんから入魂のエルボーが飛んでくるかわからないではないか。
とはいえ、エルボーを食らったら、
立ち上がるはずみで相手に頭突きをしてしまいそうな育ちの悪い幼児性がこちらにはある。
お互いバカなことはやめましょうね、親愛なる春日先生♪

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