「奇妙な情熱にかられて」

「奇妙な情熱にかられて ミニチュア・境界線・贋物・蒐集」(春日武彦/集英社新書)

→アマゾンの低劣な匿名レビューによく出てくる言葉は共感である。
著者の考えに共感できました。だから、星五つ、ぜひご一読を。
著者の考えに共感できませんでした。だから、星一つにさせていただきます。
わたしが精神科医の春日武彦さんの本を好んで読むのは、共感できないからである。
共感できないところがおもしろいのである。
へえ、世の中はいろいろでこんな奇妙な感性を持っている人がいるのかと嬉しくなる。
本書に登場する著者のミニチュアへの偏愛や境界線への執着はまったくわからない。
ほほう、それはわかりませんなァと妙に肯定的な感情が込みあげてくるのである。
贋物(にせもの)のおもしろさや蒐集(しゅうしゅう)のたのしさはわからなくもないが、
当方のものは春日さんよりもはるかに正常寄りだから、この奇人にはかなわないなと思う。
春日医師の不謹慎な本音も痛快である。
なにせ診察中に狂人を見ながら、こんなのが自分の叔父だったらいやだなと思い、
それを隠さずに著書で公開してしまうような世間の怖さをまったく知らない人である。
ふつうはやばいことを思っても世間さまに恐れをなして口にはできない。
それどころか自分が思ったことさえ封印してしまうのが大人というものである。

テレビライターの山田太一さんがエッセイに書いていたと記憶している。
友人の医者に聞いたことがあるという。医師をしていると、死にも慣れるのではないか。
友人は怒った。いくら患者を看取っても死に慣れることなんてあるもんか。
友人の怒りに山田太一さんは感動した、というようなことがたしか書かれていた。
先日読んだ内科医の村田幸生氏の本にも書いてある(「医療否定は患者にとって幸せか」)。
「われわれ医者は、どんなに患者さんの死に立ち会ってきたとしても、
決して人の死に「慣れる」などということはない」と。
ところが、春日武彦医師は「職業柄、死に対して鈍感になっていることは確かである」
と言ってはならない本音をさらりと書いてしまうのだからおもしろすぎる。続けて――。

「配偶者と死に別れたり、自分に向かって治癒不能であると癌宣告をなされたとしたら、
なるほどショックを受けるだろう。
だが、それが果たして人生において絶対的にリアルなものかというと、
それほど大層なものでもないだろうという不謹慎な考えが、わたしにはある。
厳重で重いものであるのに、だからどうしたといった気持を拭い切れない。
死を前面に押し出せば純文学が成立すると思い込んでいるアマチュア作家の
稚拙な作品を読まされているかのような鼻白んだ気分を覚えてしまうのである」(P15)


精神科医の春日武彦さんに励まされて不謹慎なことを書くと、
もし料理ひとつできないこの離人症気味の男性医師が奥様を目のまえで殺されたり、
または連れだって歩いているときに(ちなみに子どもはいない)、
相手だけ横断歩道でダンプにはねられてハンバーグのようになったのを見たら、
いったいどんなことを感じるのだろうと危ない興味が尽きないのである。
べつにそうなったらおまえだって取り乱すだろうと脅したいわけではない。
「ははーん、こんなものか」とそれでも白けていそうな怖さが春日武彦医師にはあり、
そこがまったく自分とは異なるので人間の底知れなさを思い知らされ身が引き締まるのだ。
テレビで犯罪被害者遺族が泣いているのを見て、一瞬冷たくせせら笑うと電源を消し、
「ご飯はまだ?」とキッチンにいる奥さんに近づいていくような男にも独特の味がある。
もとより、逢ったこともない春日武彦氏がそういう人間だと決めつけているわけではない。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3434-26616c82