「図解雑学 臨床心理学」

「図解雑学 臨床心理学」(松原達哉:編著/ナツメ社)

→けっこうなデタラメが書いてあって笑える。
河合隼雄がユングに師事したとか(ふたりは逢ったこともないぞ)。
臨床心理士が精神病(統合失調症、躁鬱病)を扱えるようなことも書いてある。
精神病の人に薬なしで立ち向かうなんて恐ろしや、恐ろしや。
あと、これはどうなんだろう。コラムに変な美談が書いてあるのである。
C社、D社から内定をもらった学生が臨床心理士のA教授に相談に行く。
どちらの会社に就職したらいいか。
学生相談室の臨床心理士、A教授はこちらにしなさいと助言したという。
学生さんは教授の忠告にしたがい就職先を決めた。
このケースを紹介したあとに、こう来るのだから――。

「臨床心理士は学生の人生を決定し、幸不幸を左右するすばらしい仕事ですね」(P90)

おい、ちょっと待てよ。カウンセリングというのは、相手に決めさせるのではないか。
どちらにしたらいいか指示や命令をしてしまったら、それは占い師になってしまうのでは?
将来のことなんて絶対にわからないんだから、
もしその相談者の学生が就職先で失敗したらA教授は永遠に恨まれることになるぞ。
これは本当にびっくりした。
カウンセリングというのは、相談者に「こうしなさい」と言っていいのだろうか?
このケースは行動療法の指示とはまったく異なる人生の重大選択である。
心理療法の本はほとんど河合隼雄しか読んでいないからわからない。
しかし、やはり相手に自分で決めてもらうのがカウンセリングのような気がする。

人生の選択は絶対に自分で決めたほうがいいと思う。
ふたりから求婚されたとき、迷ったすえ、だれかの意見にしたがってしまったら、
結婚生活なんてうまくいかなくて当たり前なのだから、
その「だれか」を一生のあいだ恨みつづけることにならないか。
そっか。いま気づいたが、
自分で決めると自分を恨むようになることもあるのか(これを後悔という)。
仏教ライターのひろさちや氏ではないが、サイコロで決める手もある。
でもさ、サイコロで決めて失敗したら神仏を恨むようになるんじゃないかな。
宗教人類学者(なにそれ?)の植島啓司氏いわく、なるべく選択しないようにしよう。
なるべく選択しないと植島さんのように独身貴族を貫き通すことになるのか。
AかBかの選択でおもしろいのは、Aを選んだらBの人生は決してわからないことだ。
人生は引き返すことができない。
優秀な人ほど人生には選択肢が多くなるから迷いも深まるのだろう。
学力がないため職人にしかなりようがなく結婚も近所のトメさんとするしかない。
こういう人生がいちばん迷いが少なく、カウンセラーの世話にもならないのだろう。

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