「人生には好きなことをする時間しかない」

「人生には好きなことをする時間しかない」(大林宣彦/PHP)

→映画監督の大林宣彦氏のエッセイを読む。
ここかしこに「好きなこと」をすることのたいせつさが強調されている。
さて、大林氏の実家は父方も母方も代々医者であるという。
父方の家に生まれた男の名前にはかならず「彦」がつき長ずればみな医者になるそうだ。
この「彦」という名前は医者となにか関係があるのだろうか。
小説家の高橋克彦氏の実家も代々医者で、いぜん自伝を拝読させていただいたが、
「好きなこと」を比較的しやすい環境のようだった。
B級精神科医(本人の自称)の春日武彦氏のお父君も立派なお医者さんである。
春日武彦氏は若かりしころ好きな文筆の道で身を立てるという夢はあったものの、
おのれの恵まれた環境をまったく生かさず将来のことを堅実に計算して、
両親の思惑通りにお医者さんになっている。
春日氏は中年以降に物書きにもなり、
いまは精神科医と作家のふたつの肩書をもつ世にもめずらしい成功者のひとりである。
にもかかわらずこのB級精神科医は還暦を過ぎたいまも、
(他人のことはよくわかりませんが)おかしな心的苦悩から逃れられていないようだ。

打算的に考えたら、人生をきちんと計算したら、
「好きなこと」はほどほどにしておくべきなのである。
「好きなこと」をしろとあおるような成功者の実家はかなりの確率で地主レベルの名家である。
精神科医ならば大半は常識と社会適応を重んじるから、
「好きなこと」の節制を患者に忠告するだろう。
若いころの夢がカタルシス的にかなった大林宣彦氏はこの本でも自信満々でうらやましい。
本書には女性雑誌に連載されたという人生相談が採録されているのだが、
大林監督はどの相談にも迷うことなく「正しい」答えをもって応じているのである。
こういう世間知らずなところが天真爛漫と好意的に評価されるのかと驚く。
求婚者ふたりのどちらにしようかと迷っている女性に監督はこちらにしろと助言する。
やたら「わかります」という返答が多いのも衝撃だった。
異性の人生相談に(失礼ながら)ボンボン育ちであられる大林監督が
「その気持はよくわかります」と即答する。
人生失敗者のぼくなんぞは常々、人の気持ほどわからんものはないと思っているので、
「わかります」を繰り返すその自信満々な態度に、
恵まれている人間の傲慢さえ(きっといや絶対に嫉妬です)見たくらいだ。

父方も母方も代々医者の大林宣彦氏は成功スパイラルとも言うべき人生を送ったのだろう。
こういう人生もまたあっていいのである。
不遇不運不幸だらけの最悪人生があからさまにあるのだから、
大林氏のように「好きなこと」しかしないで成功するような、
このうえなく恵まれた人生が存在しても一向に矛盾はしまい。むしろ、ホッとするくらいだ。
もはや神仏レベルの大林監督の幸運にあやかりたくお説教を自戒としてメモ書きする。
くうう、大林監督のように「好きなこと」だけしていてえぜ。

「――他人のように上手くやろうと思わないで、自分らしく失敗しなさい。
これはぼくが歳(とし)若いひとと一緒に仕事をするとき、
彼らによく与えるアドバイスです。
誰だって何かをやろうとすれば、まずは上手くやりたい、そう願うのは当然です。
そしてその上手く、というのは、
必ず誰か他のひとの成功例が目標として頭に浮かびます。
そしてそのように自分も成功したいと、一所懸命そのひとの真似をします。
しかしこれはしょせん人真似ですから身に付かない。
無理もするし、気負いもする。
で、結局何にも自分らしさを表現しないまま、見事に失敗してしまう。
それくらいなら、むしろ自分らしく失敗したほうが、
誰の真似でもない、そこには自分自身がある。
すくなくとも、ひと真似ではない、自己表現がある。
思いっきり自分らしさを出して失敗したほうが、余程意義があるよ、
とこういってあげるのです」(P22)


映画は(も?)不勉強なためぜんぶ観ているわけではないけれど、
大林監督の映画は高校、大学時代と好きだった。
人に好きだと恥ずかしくて言えないくらいセンチメンタルなところがよかった。
うん、自分らしく失敗しようと思う。

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