「生きるチカラ」

「生きるチカラ」(植島啓司/集英社新書) *再読

→とてもいい本であるため折に触れてちょこちょこ読み返していたが、
このたびこうして通しで読んでみるとやっぱりいい。
植島啓司さんはきっと安定した大学の教授職を捨てて、
見えてきたものがいろいろあるんだろうな。
ずっと高身分だったわけだから、
安定収入がなくなることへの不安はものすごかったものと思われる。
あたまのいい人には見えない世界があるんだけど、
植島さんは秀才なのにやっちゃうんだからすばらしい。
いちばん重要なのはぶっつけ本番の精神で、
イメージトレーニングなどせずに一発勝負の偶然まかせで生きるのが最高に楽しいのだろう。
あれこれ心配してもはじまらず、いざ苦境におちいっても、そのときなんとかなるのである。

人生は備えなんか役立つほど可視的なものではない。
人生も世界もどうなるかわからないんだから、ならばこちらも合理的対策などしても無駄。
きっと生きていたらなんとかなるだろうし、なんとかならなかったら死ぬわけだが、
死ぬときは死んでもいいし、なかなか人は死なせてもらえないからやっぱりなんとかなる。
ならば、どうしたってスーツケースを転がして団体旅行に参加するのはつまらない。
みんなとおなじものを短時間で駆け足でみんなと一緒に見て、それがなんになりますか。
海外旅行をするなら(国内旅行もそうだが)自分で予定を立て、宿泊は直接ホテルと交渉し、
ガイドブックなど無視して繁盛している現地のレストランでうまかろうがまずかろうが、
二度と食べることができない地元のメシを食うにかぎる。
それが生きるってもんだ。偶然をいっぱい味わったほうが人生は絶対に楽しい。
どこまで生きられるかなんてだれにもわからないのだから、ひとり旅のような人生がいい。
観光よりも旅のほうがいいと植島啓司さんはいう。
植島さんはいま肩書がまったくない自由人ではないか。
乞食は一度やったらやめられないというのは本当かもしれない。

「だから、旅には不安がつきもので、列車に乗れるか、乗り遅れたらどうするか、
他の移動手段はあるか、宿泊はだいじょうぶか、もし高値をふっかけられたらどうしよう、
レストランでは何を注文したらいんだろう、そもそも言葉は通じるのだろうか、
そんな不安をいっぱい抱えながら毎日を過ごすわけだから、
よほど強靭な精神の持ち主じゃないとつとまらないように思われるだろう。
ところが、いざやってみればいたって簡単なことに気がつく。
どれも必要に迫られるから、なんとかなってしまうのだ。
もちろんうまくいかないこともあるだろう。しかし、そのかわり喜びも大きい。
ちょっとした親切が大きな喜びをもたらすことも多々ある」(P31)


身近にたいへんな困難に遭遇した人がいるが、
先日電話で話したら似たようなことを明るく言っていた。
いざなってしまったらなってしまったで慣れるし、そのときやれることをやるしかないから、
そうやって毎日生きていくしかないし、それは絶望というほどのものではない。
その明るい声が本当に嬉しかった。こちらも元気が出た。
生きるというのは一回きりのぶっつけ本番である。

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