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「強者」「母の愛」

2005/08/02(火) 13:45:55

「強者」(ストリンドベリ/毛利三彌訳/講談社「世界文学全集58」)絶版

→一幕劇。クリスマス。登場するは女優ふたり。
話すのはひとりだけ。だからもう一方は聞くのみ。
ふたりはライバルの関係にある。
というのも、しゃべりつづける女は無言の女に以前夫を寝取られたことがある。
しかしいまは元のさやに収まっている。
この妻のセリフのうちに、だんだんとそのような事情が読み取れる。
ストリンドベリである。

またもやテーマは、幸福か不幸か!

この妻は、夫の元愛人に語りかけずにはいられない。
いかにいまのじぶんが幸福か。家に帰ったら夫と子どもが待っている。
ひきかえ、あなたはクリスマスなのにさみしいこと。
終始、無言のこの元愛人。夫の浮気が終わるまでぐっとこらえた饒舌な妻。
「強者」はどちらか。元愛人か正妻か。
ストリンドベリはかたくななまで主張した。
一方の幸福は他方の不幸である。憎悪こそ愛情を裏づけるものである。


「母の愛」(ストリンドベリ/毛利三彌訳/講談社「世界文学全集58」)絶版

→一幕劇。いま書きながら気づく。これもまたおなじであると。
登場するのは、元売春婦の母を持つ美貌の娘。
母は(自分の素性を隠し)娘を社交界にだそうとしない。
が、ある夏、娘は避暑地ではじめての友人(女)ができる。
のちにこの友人は腹違いの妹だとわかる(のだが、このへんはちょっと強引では?)。
名家に育ったこの友人(妹)は娘(姉)を社交界に誘う。
それは女優として大成するきっかけにもなる。
娘にはじめて訪れたチャンスである。
しかしそのためには(知られると不名誉な)元売春婦の母を捨てなくてはならない。
母としては娘を手放したくない。母の愛執である。

娘の幸福は母の不幸。母の幸福は娘の不幸。

ストリンドベリの戯曲から、葬式によみあげられるお経のような
やるかたない響きが聞こえてくるのはわたしだけでしょうか。
後年、ストリンドベリは仏教に関心をもったという。

(あ、ネタバレ。結局、娘は妹ではなく母を選択する。
つまり女優の花道ではなく元売春婦の母を。
だからタイトルが「母の愛」なのだと思う。母の愛が娘を不幸にする!)

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