藍より青く

「もてない男」の小谷野敦さんの「文学研究という不幸」を読んで思ったことを書く。
そのうち正式な読書感想文を書くかもしれないし、いわゆるスルー(黙殺)するかもしれない。
というのも8月、聞いたこともない田舎大学の名誉教授とやらのお偉い先生から
ブログにおける書評の引用ページ表記が間違っていると、
からかいや悪意が満々のメールでご指摘いただいてだいぶやる気がなくなった。
お偉いつもりの名誉教授先生ご本人は自覚がなかったのだろうが、とにかく不愉快だった。
やつが目のまえに現われたら、まあ刑事罰覚悟でぶん殴るだろう。
おっとっと、警察に通報されたら困るので断っておくが、
相手を傷つけない(いまの還暦オーバーの)天龍源一郎なみのグーパンチだ。

「もてない男」の小谷野敦さんの「文学研究という不幸」のテーマは偉さだ。
いったいだれが偉いのか。東京大学教授と著書多数の人気作家のどちらが偉いのか。
著作もないようなやつが有名な大学の教授先生になってもいいのか。
感想に正誤はないけれど、著者からからまれると迷惑なので、
たぶんわたしの感想は間違っているだろうとあらかじめ書いておく。
正しいのはいつも、いや絶対に東大卒で著書多数の小谷野敦さんだろう。
さて、ここまでお断りしたら本音を書いてもいいだろう。
「もてない男」の小谷野敦さんは人の偉さがまったく見えていないとあざけりたくなった。
嘲笑したくなった、バカにしたくなった、ということだ。
なぜなら、わたしはこう思うからである。

偉い偉くないに肩書はないのである。
山田太一さんは木下恵介先生よりも偉いとわたしは思う。
宮本輝さんは池田大作先生よりも偉いとわたしは思う。
ひろさちやさんは中村元先生よりも偉いとわたしは思う。
中島義道さんは大森荘蔵先生よりも偉いとわたしは思う。
小谷野敦さんは平川祐弘先生よりも偉いとわたしは思う。

この過疎ブログをお読みの方のなかには、もしかしたら万が一にも(それは誤りだが)
わたしのほうが原一男先生よりも偉いと思う人がおられるかもしれない。
そもそも原一男さんがなにものか知らない人のほうが多かったりするのが現実か。
白状するが、実のところわたしも木下、池田、中村、大森、平川の各氏を知らなかった。
まず山田先生、宮本先生、ひろ先生、中島先生、小谷野先生を知ったのである。
あまりにも正直すぎるかもしれないが、
そもそも木下、池田、中村、大森、平川の各先生のご本(ご作品)を読む気がしない。
さて、いったい木下、池田、中村、大森、平川(以上敬称略)のどこが偉いのか。
わたしが原一男先生を偉いと思うのは、ちっとも偉くないところである。
もう10年以上ご無沙汰しているので記憶はあやふやだが、
思えば原一男先生から一回もお説教をされたことがないのである。
まるで偉ぶらない威張ったところがない人だった。
これを言っていいのかわからないけれど、
先生のご作品は人に説教できるような作風ではないことも関係しているのかもしれない。

わたしがきっかけで原一男先生を知った方から、
かの先生のご作品のどこがよいのかよくわからないと言われることがけっこうあったりする。
「そうでしょう」と答えてしまうわたしは弟子を名乗ってはいけないのだと思う。
実際、こちらが至らないためだが、
先生のお人柄は非常に尊敬しているけれど、時代が違うためか育ちが異なるためか、
先生のご作品をだれよりも理解していると言ったら嘘になるような気がする。
おもしろい人だった。先生なんて呼んではいけない人だったのかもしれない。

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