億万長者になりたい?

みんな自分だけは当たらないと思っているんですよね。
宝くじのみならず、自分や家族の難病、自殺、交通事故死、犯罪被害――。
当たった人も全員、前日までは自分だけは当たらないと思っていたはずです。
しかし、当たる人には当たりますから。
以下の記事を読むと「億万長者になりたい」なんて思わないほうがいいことがわかります。

「兄の交通事故が原因で父は鬱に、母は壊れてしまった…」
http://kisslog2.com/archives/28597557.html


こんなことを2ちゃんねる(でしょ?)に書くなって思いますけどね。
上級国家公務員のお兄さんを交通事故で亡くした女性の書き込みです。
賠償金が億単位で入ってきたけれど、お母さんは発狂なされて精神(科)病院という。
億のお金があってもどうしようもないという話です。
たしかにいくらお金があっても死者は絶対によみがえらないし、心の病気も治りません。
億万長者になりたいと願うのは、たぶんこういうことなのでは、と思いました。
得たぶんは失う、失ったぶんは得る、ということが象徴的に表れているのではないでしょうか。

人生のことはよくわかりませんが、あまり大きく勝とうと思わないほうがいいような気がします。
大勝利はねらわないほうがいい。
たまたま勝利するのはいいが、あまり強く大勝利を求めないほうがたぶんよろしかろう。
ひとり勝ちはあえて作戦としてまでしないように努めるべきです。
少しまえに大物司会者のお坊ちゃんが窃盗で逮捕されました。
あまりにも大きく勝つとどこかにゆがみが生じるように人生はなっているのではないでしょうか。
息子に出てこなくても孫に負が結晶してしまうかもしれません。

明日あなたの愛する人が理不尽な死を遂げるかもしれない。
今日かもしれない。1時間後かもしれない。
世の母親は全員、愛する息子が交通事故死することなんて考えていないはずです。
子どもを一流大学に行かせて就職も大成功させた大勝利母は、
息子が交通事故死したら精神(科)病院にイエローピーポーで直行するしかありません。
確率的には非常に低くても当たる人には当たるのが不幸というものの実相であります。
あなたが当たらないという確証はまったくございません。
そして、当たらないためにどうしたらいいかはだれにもわからない。

いや、ひとつだけ感覚的にわかっていることがあるので書きましょう。
ひとつではない。ふたつわかっています。
「小さな負け」はラッキーと思うことです。
電車が遅れた。ラッキー。特売品を買い逃した。ラッキー。ネットで中傷された。ラッキー。
この「小さな負け」がもしかしたら大きな不幸の到来を防止してくれているのかもしれない。
そう思うことです。「小さな負け」にむしろ感謝しましょう。
それから、勝ち誇らない。具体的には説教をしないということです。
「負け」が偶然なら、
ひょっとしたらいまのあなたの「勝ち」も努力の結果ではなくたまたまかもしれない。
ならば、あまり勝ち誇らないほうがいいような気がいたしませんか?
大物司会者ではないですが、いい気分で説教をしていると大きな落とし穴にはまります。

うまくいっているときも調子に乗らないほうがいいでしょうね。
まあ人生うまくいかないのが当たり前ですから、
この記事をお読みの方のなかにも勝っている人は極めて少数でしょうけれど。
すべてがうまくいくことなんて絶対にないんです。どんな成功者にもきっと悩みはあります。
悩みがなかったら自分で悩みを作ってしまうようなところが人間にはありますでしょう。

この記事の要点を繰り返します。当たるというのは怖いことです。
宝くじ、新人賞、コンクールに当選(入選)するのは、
仕組みとしては交通事故や犯罪被害に当たるのとまるで変わりません。
大当たりをねらうのはやめましょう。ぼちぼちでいいではありませんか。
ぼちぼち行きましょう。疾走するのはやめて、とぼとぼ歩きましょう。
ときには立ち止まってもいいのかもしれません。
それでも当たることはある。当たってしまったらどうしたらいいのか。
当たってしまったら観念するしかありません。
人生はそういうものです。ままならぬものであります。
しつこいようですが当たる人には当たる。分相応にかならず当たります。
当たったときに自分に相応する分がわかることでしょう。

「バイク事故で下半身不随になってしまった。もう生きたくない。」
http://totalmatomedia.blog.fc2.com/blog-entry-939.html

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