負けてよかった

人生で一度だけ競馬をやったことがある。
大学時代のことで、いったいだれにさそわれたのだったか、
年末の有馬記念にコンビニ夜勤のバイト日給半額分5千円を投入した。
学生は競馬をしてはならないらしいが、
こちらは不勉強な文学部生のため法律のことはなにも知らなかった。
むろん賭博に極めて親近性のある文学のことにもさらさら無知だったと思う。
5千円も賭けるのだから競馬新聞を何紙も購入して独学で勉強した。
言うまでもなく、5千円の1点賭けである。
結果は無残にも敗れた。
当時の感想としては息を吐くいとまもなく大枚5千円が紙くずになった。

ところが、いまにして思えばこの敗北もまたよかったのかもしれない
(いやいや、あんがい悪かったのかもしれないけれど)。
さいわいにもおかげさまでギャンブルで身を持ち崩すということからは
いまのところ避けられているような気がする。
むろん、博打で狂った人生もそれなりに悪くはないのではないか、とは想像できるが。
余談だが、酒でも女でも人生は狂ったほどおもしろいのではないか、
という誤解は恥ずかしながらいい歳をしたいまでもどこかに有している。

負けるのもまたいいのである。もしかしたら勝利ほど怖いものはないのかもしれない。
ビギナーズラックで競馬で大勝利したら、
まあ人生は破滅まっしぐらだろう(繰り返すが、それもまた独特の味わいがあるとは思うが)。
とはいえ、やはり勝つのは怖いと言っておきたい。老婆心ながら。
むかし40過ぎのおばさんがわたしに逢いに来たことがある。
なんでもシナリオ・センターの会員で将来は絶対に売れっ子脚本家になるのだという。
根拠は15年以上まえの学生作文コンクールで佳作(?)を取ったことらしい。

過去の勝利が人生を狂わせる。
バツイチのその女性はわたしの作品感想に激怒して青梅警察署に被害届を出したのだから。
なんでも15年まえコンクール佳作を受賞した自分はこちらよりも数段格上らしく、
批判的な物言いはかの女にとっては名誉棄損の重罪に相当するとのことである。
警察からは電話1本来なかったが、
勝利ほど怖いものはないのではないかという思いを新たにした。
一度勝利してしまうと人はその経験に何重にも縛られるから自他が見えなくなるのである。

勝つのはむろんいい。大勝利はさらにいいのだろう。しかし、負けるものまたいいのではないか。
勝利ということを一度も経験したことのない受賞歴ゼロの中年男性の独白である。
勝利もいいが敗北もそれなりの味わいがあるのではないか。
つまり、もしかしたら、間違っているのだろうが、「なんだっていい」のではないか。
もちろん、この考えは一度でも小さな勝利を味わったら変わるかもしれないことを注記しておく。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3389-cb66740c