被愛妄想

もしかしたらこれはわたしの病的妄想かもしれないが、
女性から被愛妄想を抱かれることが多いような気がする。
女性から好意を持たれることが極めて少ない(いわゆる、もてない)のは、
もはやおのれの性格と面相をかなり客観視できるようになったからあきらめている。
顔さえよければなどと甘いことをいうには自分を知りすぎたところがある。
もし顔だけキムタク氏のようになっても、
なにより心が腐っているからすぐに勘の鋭い女性に見破られるだろう。
外面のみならず内面もまた外面同様あるいはそれ以上にひどいものなのである。
さて、被愛妄想だ。繰り返すが、これはこちらの妄想かもしれない。
わたしが自意識過剰で変な思い込みをしているだけという可能性もありうる。
とはいえ、なぜかわたしに恋愛感情を持たれていると思い込む女性とめぐりあうことが多い。
もちろん、レベルを考えたらわたしより下位の女性はまあいないだろうから、
こちらに抗議する資格はないともいえよう。
しかし、とりたてて好きでもない女性から好かれているという態度を取られるのは業腹だ。
知的コンプレックスから業腹などという難しい言葉を使ったが(難しくねえぞ、おい!)、
要はプンプンですよ、プンプンするってことだ。グーパンチしてえってことさ。

被愛妄想は否定したら失礼になってしまうのである。
そんなことをいえるような身分かという自己卑下もある。
「あなたが思っているほど好きじゃないですから」はかなりいいにくいセリフなのである。
「あなたとおなじで、わたしも自分のことが第一なのです」もまたいいにくい。
そうはいっても「(お付き合いできなくて)ごめんなさい」のような物いいをされると、
ただでさえか細いピリピリしたこちらの脆弱なプライドが悲鳴を上げてしまうのである。
被愛妄想を持てる人はどれほど自分に自信があるのだろうとうらやましくて仕方がない。
当方は若い女性が近づいてきたら詐欺ではないかと身構えてしまうようなところがある。

そうだ、思い出した。このまえうれしかったな。
出先の近所にある小学校でまことに牧歌的な盆踊りをやっていたのでひとり見物した。
むろん、片手にはコンビニで買った酒を携えてである。出店の生ビールは高い。
雨が降ってきたので狭いスペースに場所を移し雨宿りする。
かき氷片手の小学生女子ふたりが近づいてきた。
こんなおっさんの横に座るだろうか自信がなかった。
警察に通報されたりする危険を考えると、
こちらから先に逃げ出したほうがいいのかとも迷った。
迷うことなく女児ふたりはわたしとおなじ雨宿りの階段に座った。
救われたと思う。ずいぶん安っぽい救済だが、実際に救われたのだから隠すことはあるまい。
そのうえ、こういう小さな幸せに敏感にならないとこれからの孤独人生を歩んでいけないだろう。

尊敬する高名な精神科医の春日武彦先生ではないが(ご著作を拝読するだけの関係ですよ)、
わたしも人から疎まれているのではないかという被害妄想めいたものをどこかに持っている。
このため、いわば反対の被愛妄想を持っている人がいることに新鮮な驚きを感じるのである。
自分が他人から好かれているなんて、どれほど恵まれていたら信じ込めるのだろう。
自分から相手を好きになるのではなく、
ほかならぬその相手から自分が好かれていると思える楽観的な思考法はなにやら神々しい。
実のところ対人関係ではなく、
神や仏からの被愛妄想を持っている人がいちばん幸福なのだろう。
自分は神仏から愛されていると信じられたらどれだけ心が安らぐことか。

COMMENT

URL @
09/19 20:25
. 親御さんにあたる年齢でおひとりで
祭りに行かれるとは勇猛ですな。
最近の町内会は不審者出没にとみに敏感ですのでお気をつけて。
僕も肩身が狭いです。
Yonda? URL @
09/21 10:57
夜さんへ. 

なんだかぼくが不審者みたいな書き込みにドキッとしてしまいました。わがささやかな自慢に一度も警官から職質を受けたことがないというものがあります。同世代の子ども連れを見てもなにも思いませんね。人それぞれであります。
URL @
09/22 05:48
. 確かに気にしてもしょうがないですね。ありがとうございます。








 

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