世のため人のため

むかしいつだったか、こうして記事にできるのだから、かなりむかしのことだろう。
婚約者が目のまえで飛び降り自殺をしたというアラフォーの女性からメールをいただいた。
いまだからはっきり本当のことをいうが、それはどうしようもないのである。
あなたはあなたの不幸を抱えているでしょうが、それはわたしにはどうしようもない。
わたしは顔も名前も知らないあなたを救うことはできない。
本当のことを書くと年下の異性ならまだ好奇心もわくだろうが、40を過ぎたらおばさんだ。
わたしに名前も顔も知らないあなたを救う義理はまったくない。
しかし、本人はそうは思っていなかったようだ。
その気持はよくわかるので批判も指摘もしなかった。
なぜなら、このわたしも近しい人から目のまえで飛び降り自殺をされた経験があるからである。
当時は自分が世界でいちばん不幸だと錯覚して、
みなが自分を助けて当然だとどこかで誤解していた。繰り返すが、それは誤解である。
たしかに誤解だが誤解だと気づくには10年単位の時間を必要とした。
メールではらちがあかないと思い、携帯電話番号を記したメールを返信した。
いざとなったら精神科という選択肢もあることを助言として記した。
ところが、人生はこういうものなのである。まったく思いもよらない展開を見せるのが人生だ。
そのアラフォー女性は、自分が正常でわたしが異常(精神病)だという物語を作った。
自分はわたしから激烈な恋愛感情を持たれているが、
死んだ恋人への思いからそれには応えることができないそうだ。
ひとつのありがちな物語である。
どうやらそれで顔も名前も知らないアラフォー女性は救われてしまったようなのである。
こういうときに本当のことをいうのは無粋である。わたしが我慢すればいいだけの話だ。
あなたのことなんてどうでもいいと本当のことをいってはいけない。
非常に不愉快だったが、きっと過去にわたしもおなじようなことを他人にしたのだろうから、
これは因果がめぐってきたようなもので仕方がないではないか。
詳細は書かないが、かなりその人はわたしに粘着してきた。
当人は自分がわたしから恋愛感情を抱かれていると信じているのだから仕方がない。
わたしも多くの人のお世話になって生きてこれたのだからと辛抱したものである。
わたしはその人の顔も名前も知らない。
しかし、それでよかったのだといまでは思う。

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