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「随筆名言集」

「随筆名言集」(作品社編集部:編/作品社)

→副題は「7000篇の名随筆より選び抜かれた心に滲みる真実の言葉1357」。
作品社から出ているテーマごとの随筆集からさらに選ばれた言葉らしい。
言葉フェチのわたしとしてはたいせつにしたい本である。
まず名言とはなにか? 真理とはなにか?

「すぐれた哲学論文を読んだときの感動を抽象化してみると、
「これはまさに私の意見である」という表現に要約できるのである。
つまり、著者の意見が自分の意見になってしまうのが真理の伝達ということであって、
私にとっては、そのように共感させられてしまうのがすぐれた哲学なのである」(真継伸彦P81)


なぜ言葉を読むのか?

「一体読書は娯楽であつて勉強では無いのだが、
読書するのを勉強すると同一に心得てるのが世間の第一の誤解だ」(内田魯庵P181)


娯楽のために生きる。

「人生五十年と思いさだめて、ヤリタイコトヲヤルというのが男の一生なのではないか。
そうやって偶然に七十歳まで生きてしまったのが古稀(こき)であり、
古来稀なりということになる」(山口瞳P21)


せっかく生まれてきたのだから、なにかに狂ったように夢中になりたい。

「多くのものは、クルイタイと思いながらクルエナイのだね。
そのかわりにクルッタものを賛美する。こうしてクルッタものが尊敬を集め、
英雄になったり、あるいは教祖になったりする」(なだいなだP76)


狂えぬものは酔えばいい。

「酔うのにも色々な酔い方があるが、酒は酔うために作られるので、
一升飲んでも、二升飲んでもどうもないとか、酒の味が解れば沢山だとかいうのは、
嘘であるか、あるいはもしそれが本当ならば、飲むだけ無意味である」(吉田健一P101)


博打に酔うのもいい。人生はギャンブルのようなもの。

「ギャンブルの場において人の幸せを願うやつはいない。
極論すれば、みな人の不幸を願っているのだ。
人の不幸の上に成り立つ自分の勝ち、ギャンブルの快楽はここにある」(高橋直子P156)


酒も博打も楽しめぬ男のよさを向田邦子の言葉から教わる。言葉はものを教える。

「記憶の中で「愛」を探すと、夜更けに叩き起こされて、
無理に食べさせられた折詰が目に浮かぶ。
つきあいで殺して飲んできた酒が一度に廻ったのだろう、
真っ赤になって酔い、体を前後にゆすり、母や祖母に顰蹙(ひんしゅく)されながら、
子供たちに鮨や口取りを取り分けていた父の姿である」(向田邦子P37)


他人からの「愛」は迷惑でもつきあってやるという優しさがまた「愛」なのである。
わたしがこの向田邦子の短文から教わったことは思いのほか多い。
しかし、むろんのこと「愛」だけでは生きていけない。

「「他人の悪口を言わない人間」は信用することができない。
人間は、他人の悪口を言うのが大好きな動物なのだから。
悪口を言わないのは相手に対して心を開いていない証拠になる」(嵐山光三郎P119)


こうして好きな言葉を集めたが、果たして言葉がそれほど当てになるものかはわからない。
最後は自殺したノーベル文学賞作家の川端康成の言葉である。

「死についてつくづく考えめぐらせば、
結局病死が最もよいというところに落ちつくであろうと想像される。
いかに現世を厭離するとも、自殺はさとりの姿ではない。
いかに徳行高くとも、自殺者は大聖の域に遠い」(川端康成P57)


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